縄文人はスンダランドから来たか-歯の形質から探る

埴原和郎の「二重構造モデル」について、筆者は、

1.本土日本人が、縄文人を基層とし、その上に弥生、古墳時代の渡来人が重なって成立した、
いわゆる“二重構造になっている”という説明については、大いに賛成である。

2.しかし、基層人たる縄文系の人々が、東南アジア島嶼部(氷河期にはスンダランドという大
陸になっていた)から日本列島に流入したという、いわゆる日本人の南方起源説は、各種
遺伝子の検討結果などから判断して、受け入れることが出来ない。

筆者は、縄文人特に縄文時代の総人口の9割を占める東日本縄文人は、北東アジアから移動して来た集団であったと考えており、日本人北方起源説に立つものである。

ところが南方起源説にも決して無視できない有力な証拠が存在する。“歯の形質”に関する学説がその一つである。

言うまでもなく、歯は人体組織の中で最も硬い部分であり、長い間土中にあっても原形をとどめて残存し易い。

したがって、歯は形質人類学の主要な計測対象であり、自然人類学系の学者からいろいろな分析が提示されているが、ここでは札幌医科大学(参考文献執筆当時国立科学博物館人類研究部研究官)の松村博文の論考を中心にターナーなどの説を公平な立場で検討し、論拠の正当性を確かめたい。

縄文人の歯は小さく、弥生人の歯は大きい

歯の形態の分析には、歯の大きさなどを測定し、計測値を出すことによって見出せる「計測的形質」と、計測では捉えられない形質、すなわち「非計測的形質」がある。

まず、計測は下の図のように長さ(緑の線)や幅(赤の線)を測定することから始まる。

分析は、歯の種類別比較や長さの合計、幅の合計での比較など様々な方法があるという。

下の写真は、松村が提供した縄文人の上顎と室町時代人のそれを比較したものである。

一見しただけで、明らかに縄文人の歯は小さく、室町時代人すなわち本土日本人が形成された後の歯は大きいことが見て取れる。

これは、現生人類が、進化するに連れて次第に“歯は小型化する”という定説に反している。

このような目に見える大きな変化が、進化の方向と逆行しているということは、遺伝的小変化として説明
することは困難で、“新たな血”すなわち大きな歯を持った渡来人との混交を想定すること以外、説明することは出来ないと考えられる。

これは縄文人が小進化して弥生人、更には現代日本人になったという東大人類学教室の鈴木尚がかって提唱し、一時は学会の正統派とされた“移行説”を否定し、渡来人の流入と混血によって、本土日本人が形成されたという“二重構造説”を裏付けるものである。

上図は、歯の種類別の大きさを、偏差値として縦軸にとり、時代別の数値をパターン化したものである。

明らかに縄文人の歯は概して小さく、弥生人や古墳人など渡来系の人々の歯は大きい。

そして、現代日本人は、その丁度中間の大きさの値を示す。

しかもそのパターンは、弥生人、古墳人に相似する。

従って、このグラフは、小さな歯を持った縄文人が住んでいた日本列島に、大規模の渡来人が流入・混血することによって
大きな歯を持った北部九州弥生人や古墳人が形成されたということを示唆する。

それから1千数百年間、両集団の混血が進み且つ小進化で歯の小型化が続いた結果、現代日本人は、渡来人系の形質をより強く受けた、歯の大きさやパターンになったというように解釈出来るのである。

単純な形状の歯と複雑な形状の歯

下の図は、縄文人系と渡来人系の歯を、「非計測的形質」の面から比較したものである。

下図は5種類の形質で比較したものであるが、それぞれの形質の出現率(カッコ内の数値)から判断すると、
・縄文人系の歯は比較的単純な形状をしており、一方、
・渡来人系の歯は凸凹や突起など複雑な形状を呈するすることが多い、
ということが明らかである。

歯の形質の代表的な例としてシャベル型が取り上げられることが多いが、これは上顎の切歯(前歯)の舌側面(裏側)が、下図(左側)のように“両サイドが盛り上がり、中央が凹んだ形状”になっている歯のことを指している。

これは硬い獣肉などの食料に頼る集団では、歯の強度を得るため自然に両側が盛り上がるようになった結果だと考えられている。

また、このシャベル型の出現頻度は、上右のグラフ(東大大学院 講義資料より引用・改変)から判るように、東南アジアなど南方の集団では低く、中国からシベリア、更にアメリカ大陸など北方の集団で非常に高くなる。

しかも、縄文人やアイヌの数値は、低頻度グループ(南方集団)に近く、現代日本人は高頻度グループ(北方集団)の方に分類される。

このデータに関しては、明らかに縄文人は南方起源であるという、南方起源説を立証するものといっていいだろう。

シノドントとスンダドント

アリゾナ州立大学のターナー(C.Turner)も、以上のような方法を応用して太平洋をとりまく多くのモンゴロイド集団を調べ、それぞれの集団の分類を試みた。

その結果、モンゴロイド集団が2つの大きなグループに分けられることを見出した。

そのグループを分けるのにターナーが用い、有効であった形質は、次の8つの形質であったという。

そして、2つのグループとは、一つは、シノドント(Sinodont・中国型歯形質)と称されるグループであり、もう一つは、スンダドント(Sundadont・スンダ型歯形質)と呼ばれるグループである。

スンダ云々と呼ばれる聞き馴れない地域名、それは氷河期に海水面の大幅な低下によって、東南アジアに出現していた大陸、スンダランド(下図の緑の部分)に由来する呼称である。

シノドントに分類される民族・集団は、
・中国人、モンゴル人、ブリヤート、現代日本人、東部シベリア人、アメリカ大陸の原住民(インディアン、イヌイット)であり、

スンダドントに分類される民族・集団は、
・タイ人、ビルマ人、マレーシア人、フィリピン人、台湾人、ボルネオ原住民、インドネシア人などである。

たとえば、ターナーの分類基準の8番目の項目、下顎第2大臼歯の4咬頭性の出現頻度で見ても、スンダドント・グループで明らかに高く、シノドント・グループでは低い。

すなわち、南方モンゴロイドの方が、奥歯の歯の表面の凸凹の数が少ない傾向があるという結果である。(シノドントは、5咬頭性が多い。)

ターナーモデル

ターナーはこれらの分析から、太平洋を取り巻くモンゴロイド集団の移動のシナリオを次のように捉えている。

日本大学松戸歯学部解剖人類形態学講座から引用させていただくと、

・・・2万年ほど前、いまより海面が100メートルほど低かったときに、スンダ大陸を中心に、このスンダ型歯形質をもった人類が繁栄していた。

この人々はその後の海面上昇により、1万2千年前にスンダ大陸のほとんどが海面下に沈むまでの間に、一部が大陸の沿岸地帯や内陸部を北方に移住していった。

このうち内陸経由の集団が北東アジア人となり、寒冷地適応を遂げ、そこで中国型歯形質が生じた。

中国型歯形質をもった人々は、1万2千年以前に当時陸続きであったベーリンク陸橋を渡り、アラスカへ渡り、1万1千年前には南米チリの南端にまで達した。

また、スンダ型歯形質をもつ人々は東南アジアに残ったが、一部は沿岸を伝って台湾、日本へ、また4千年ほど前にはメラネシア、ポリネシアへ渡った。・ ・ ・

東大大学院 形態人類学研究室講義資料では、これを次のような地図に現している。

(日本大学の説明と若干、年代に違いがある。)

本当に、縄文人の故郷はスンダランドか

以上の一連の検討およびデータは、縄文人がスンダランドからやって来た可能性が強いことを示している。しかし、歯の検討だけで縄文人の南方起源を断定してよいだろうか。

松村博文は、次のように述べる。
・・・ただし、歯が似ていたり、顔の眼窩が四角張った形をしているといった特徴が共通している一方で、新石器時代の東南アジアの人々と縄文人の間にはいくつかの相違点もあります。

たとえば、縄文人は鼻が大変に高く、口元が引き締まっているという特徴がありますが、東南アジアの新石器人は鼻もペタッと低く、顎から口元が突出しています。・・・と。

なるほどこの指摘は当を得ている。新石器人の前身である旧石器人の頭骨で比較しても、明らかにその傾向が認められるからである。

歯の形質だけから判断すると、縄文人は明らかに南方系に属すると言えそうであるが、頭蓋骨の各部分を詳細に比較してみると、必ずしも南方系と言い切ることは出来ないというのである。

また、同じく松村は、彼の本来の論旨に反する次のようなグラフも提示している。

それは、“ペンローズのサイズ距離に基づく全体的な歯の大きさの関係”というグラフである。(なお筆者は、このグラフの詳細については残念ながら理解し得ていない。)

このグラフは、南方系モンゴロイドの歯は小さく、北方系モンゴロイドの歯は大きいという定説が、必ずしもあらゆる分析で証明される結果ではないことが示している。

この分析では、オレンジ色で示した南部アジア人と薄青色の北部アジア人の歯の大きさは、定説とは異なり、むしろ大小が逆である。南部アジア人の歯の方が大きい。

また北方系モンゴロイドの典型であり、先にシノドントに分類されたブリアートの歯の大きさは、このグラフに関する限り、縄文人とほとんど変わらず、むしろ縄文人=ブリアート起源説を補強するようなデータである。

上図が比較的、東アジアからアメリカ大陸に至る、やや偏したデータを扱っていることから、その信憑性に若干の疑念を抱きながらWEB上を逍遥しているとき、筆者はそれを補完することの出来る重要な研究に出会った。

山田博之氏(歯学博士)の「歯の豆辞典-歯科人類学のススメ-」というホームページにある、二つのモンゴロイドという項にある“東アジア住民の歯の大きさの地理的変化”という次のグラフである。

このグラフは、上のグラフをあたかも計算されたように補完する、東アジアから南太平洋に至る地域をカバーするデータを提供している。
(次のグラフは、山田博之氏のご好意により提供いただいたデータから再作成した。)

再作成した過程で、このグラフには若干筆者が変更を加えている。山田氏の原図に縄文人と弥生人(山田氏の本文の数値より)を挿入した。そして、縄文人を一応、南方系アジア人としてピンク色にしている。

このグラフは、歯の計測的形質の基本である、“歯の長さ(上下顎の片側14本の合計・・・TTS値)”を集団ごとに比較したものである。

このグラフから推測すると、
・縄文人は確かに東南アジアの人々と同レベルの歯の長さであるが、中国人(北京)すなわち

北方系アジア人とも大差ない長さである。すなわち、縄文人は中国北部から流入した北方モ

ンゴロイドと言える可能性もある。
・3,000~4,000年前に中国南部から太平洋に進出・移住したといわれる、航海民族-ミクロネ

シアやポリネシアの民の歯は、かなり大きい。これは、歯の進化の方向は“大から小へ”と

いう定説に反している、と言える。

筆者は、以上の歯の大きさに関する二つのグラフから、歯の進化に関する定説に疑問が生じた。すなわち、
・北東アジアからアメリカ大陸に移住した集団の歯は、定説に反して明らかに肥大化した。
・より近古代に、東南アジアないし中国南部から南太平洋に乗り出した航海民族の歯も、定説

に反して明らかに肥大化している。

すなわちこれは、同じ地域・同じ環境で時系列に歯の大きさを比較すると、確かに時代が進むに連れて歯は定説どおり矮小化するが、しかし、環境が変わると歯の大きさは比較的容易に、環境に適応する遺伝的特性を持っているのではないかという疑問を生じせしめる。

学問的にはともかく、筆者の感覚にはそのように感じられるのである。

この節で取り上げた“歯の形質”、特に「非計測的側面」から見るかぎり、縄文人=南方系モンゴロイドという可能性が高いことが確認される。つまり、縄文人(日本人の基層に在った人々)の故郷は、スンダランドに在ったということを強く示唆する。

しかし、それはいま見てきたように、歯の計測的側面や頭蓋骨の部分的特徴の比較などから判断すると、このテーゼは必ずしも絶対的なものではないと言い得る。

また、縄文人=南方系モンゴロイドを標榜する二重構造モデルに対しては、ペンシルヴァニア州立大学の人類学者、根井正利を初め、多くの人類遺伝学系の学者が異を唱えている。

筆者はこのサイトの冒頭で、「日本人の起源」というテーマの探究には、総合的・多角的アプローチから結論を導くことが必要であることを主張してきた。

そして、歯の検討を通じて、ますますその感を強くするのである。

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