【偉大なるダメ人間シリーズ】引きこもりニートだった?カール・マルクスの略歴と評価

マルクス(1818~83)

今回は20世紀後半に世界の半分を席巻することとなる共産主義を創始したマルクスを取り上げます。

略歴

ドイツの思想家・革命家。エンゲルスと共に科学的社会主義(近代共産主義)を創始した。

1818年にユダヤ人弁護士の子としてドイツに生まれボン大学とベルリン大学で哲学・法学を学んだ。卒業後は「ライン新聞」の編集長となるが当時の政治・社会を批判しプロイセン政府と衝突、パリに移る。その後も哲学・歴史学・社会学の研究を続け共産主義思想に到達。この時期に「経済学・哲学手稿」を執筆、44年にエンゲルスと革命について見解を一致させ共同して共産主義理論の体系的解明・労働運動の組織化を勧める。47年にベルギーで共産主義者同盟を結成し同盟の綱領を作成(「共産党宣言」)。「共産党宣言」では、社会の歴史は階級闘争の歴史である事、身分社会の没落→資本主義→資本家階級(支配者)と労働者階級(被支配者)への分裂→階級闘争→労働者階級による無階級社会という流れとなると宣言している。

革命を成功させるため資本主義経済について熟知する必要を認識し、本格的に経済学を研究。「経済学批判要綱」「経済学批判」の序言で、社会の物質的生産関係こそが社会的・政治的・精神的生活を規定する土台であると述べた(唯物論)。67年には主著「資本論」第一巻を刊行し、資本家による労働者搾取の構造・資本主義的生産様式の全体像の分析を図った。

1864年、ロンドンで第1インターナショナルが設立されると綱領・規約を作成。パリ・コミューンを分析した「フランスにおける内乱」ではコミューンを労働者による自身の経済的解放を達成する政治形態として評価した。1875年の「ゴータ綱領批判」では資本主義社会から共産主義社会への過渡期に労働者階級が国家を運営し(プロレタリアート独裁)、最終的には国家自体が死滅すると予言。

1883年にロンドンで死去した際には膨大な遺稿類が残されており、整理の末にエンゲルスにより「資本論」第二・三巻、カウツキーにより「剰余価値学説史」、ベルンシュタインにより「マルクス・エンゲルス往復書簡集」として編集された。

マルクスは、間断なく研究・執筆活動・社会運動に取り組み数多くの著作を残しましたが、これらはほとんど金にならず妻子は長く貧困に苦しみました。そのため、子供たちには幼くして病死したものも多く、妻は精神的に平衡を失う事すらあったそうです。マルクスは妻と長年の大恋愛の末に結ばれ、大変な子煩悩であったと言いますから自責の念は大きかったと思われます。何度か新聞を発行したり「ニューヨーク・トリビューン」や「チャーチズム」など進歩的な新聞に寄稿したり「百科全書」の多くの項目を書いたりして幾許かの報酬をもらっていましたので、厳密には彼をニートと呼ぶ事は或いは適当ではないかもしれません。しかし妻子を養うにはとても足りず、マンチェスターで製糸業を営んでいた盟友エンゲルスから月あたり数十ポンドの援助を受けており実質的には彼に養われていると言って過言ではありませんでした。社会的な圧力のためしばしば居場所を転々としていたためもありますが、定職に長きに渡って就いていない半ニート的状況と言ってよいでしょう。

更に、著作の全てが出版された訳ではないのを考えると、生活のためなどと考えることなく問題意識の赴くままに色々と書いていたといえそうです。図書館に入り浸って熱心に調べ物をし、読みにくい癖の強い字で大量のメモを取り、それらをまとめて論文を作る。マルクスが著作活動をしたのは理想社会を作ると言う目的意識があったためではありますが、やっている事自体は金になる訳でなく例えば僕がこの文章のようなレジュメを趣味で書いているのと大差ありません。

妻子の苦しみを見るに見かねて、涙を飲んで研究より生活を優先すべく鉄道会社の書記として就職しようとしたこともあったそうですが、非常な悪筆のため採用されなかったと言う事です。また、エンゲルスに「まるで小娘のようにはずかしがっている」(「マルクス・エンゲルス小伝」岩波文庫P149)などと言われている所から考えると、人見知りし対人関係を苦手としていた可能性もありそうです。その一方で社会主義者・革命家仲間の間では論争相手を激烈に攻撃する事などから自信家で傲慢との評価が定着していたようです。

以上を踏まえて現代風に考えると…。それなりの家庭に育ち知性に恵まれ学業は優秀であったものの、対人能力に問題があったりなどで就職できず、本人も宮仕えより思うように学問を続ける事を望んで就職活動をまともにしない。実世間では人見知りし子供好きで親切だが、ネット上などで専門分野を論じている時にはまるで別人格のように強気になって激しい論争を演じる。自分の収入だけでは生活できないので、世渡りが上手く面倒見も良い仲間に食わせてもらっている。こういった姿が浮かび上がってきます。その冠絶した知性・理想とは裏腹に家族を養う社会人としての資質や自活能力には問題があると言わざるを得ません。

家計も破綻状態で、相当な額の遺産を相続したりもしていますが家族の病気などで忽ち雲散霧消。かなりの浪費家であったとも言われ、比較的良い部屋を借り女中と同居し肉・チーズ・ワインといった食生活をして(マルクスは大食家であったといわれます)避暑地へ毎年旅行するなど収入に見合わない生活を営んでいたのも支出超過の大きな原因でした。そのため前述したエンゲルスからの経済的援助を受けてようやく生活する有様で、上記の旅行費用もエンゲルス持ちであったと言われています。時にはエンゲルスの内縁の妻が亡くなった知らせを受けた際にその返事で金の工面を求めてエンゲルスを怒らせた事すらあったようです。本人は「これほど金に困っていながら金について書いた人間はかつてなかったと思う。この題目を扱った著者の大部分は<自分たちの研究題目>と完全に仲よく暮らしていたのだから。」(「人間マルクス」岩波文庫P127)と自嘲したりしていますが、自身の生活レベルでの金銭感覚に問題があったと言えそうです。頭脳の偉大さと生活能力、マクロレベルの洞察力と等身
大での実行能力とは全く相関しない事を如実に示してくれる人物ですね。

定職もなく金もない、妻子を抱えながらの半ニート生活はマルクス自身にも周囲にも大きな苦しみであったと思われます。その中から近代世界を大きく動かす事になる思想が生まれる事になります。実際に施行された共産主義は大きな矛盾を孕み数多くの犠牲者を出して失敗に終わりましたが、資本主義の下での経済格差拡大が再び注目を集める現在、彼の思想・理想は再評価されようとしています。

おわりに

資本家に搾取される労働者を解放すべくマルクスはその一生を捧げました。しかし彼自身は労働者ではなく、就業していないいわばニートに近いといって差し支えない人物でした。労働者だけじゃない、ニートだって資本主義社会の犠牲者である事を、ニートの苦しみを彼は身をもって知っていたと言ってよいでしょう。それだけに、「自分と似たような境遇の人々の経済的苦境を何とかする理論を作り出して欲しかった」とも思うのです。余計なお世話なんでしょうが。

派遣・フリーターと言った労働者だけでなく、ニートの痛みも分かる経済学者なんて彼くらいじゃないでしょうか。格差社会と言われる昨今、ある意味で最も現代的な思想家かもしれません。再評価の動きがあるのもむべなるかなと言えるかも知れませんね。…それだけに、もっと一般にも理解しやすく柔軟な思想であって欲しかったなと思います。やっぱり余計なお世話でしょうし翻訳者や後継者の責任なのかもしれませんが。

最後に。個人的には色々調べてみてマルクスは「愛すべきダメ男」といった印象を持ったのですが、非マルクス主義者の(どちらかと言えば保守的な)人間が大急ぎで書いたものなので、かなり理解がいい加減かも知れません。話半分に読んでもらえれば幸いです。

参考文献

マルクス・エンゲルス小伝 大内兵衛著 岩波新書
人間マルクス ピエール・デュラン著 大塚幸男訳 岩波新書
マルクス W.ブルーメンベルク著 浜井修訳 理想社
マルクスだったらこう考える 的場昭弘 光文社新書
「マルクス・エンゲルス選集第13巻 新潮社」より「マルクス伝 向坂逸郎著」
マルクス伝 D.マクレラン著 杉田四郎・重田晃一・松岡保・細見英訳 ミネルヴァ書房
カール・マルクス伝 J. Spargo著 村上正雄訳 三田書房
マルクス伝(上)(下) メーリング著 向坂逸郎訳 白揚社
共産党宣言 マルクス エンゲルス著 大内兵衛・向坂逸郎訳 岩波文庫
資本論綱要他四編 マルクス エンゲルス著 向坂逸郎訳 岩波文庫
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