兵法三十六 勝戦計 第三計「借刀殺人 」(しゃくとうさつじん)についての解説

兵法三十六 勝戦計 第三計 「刀を借りて人を殺す(かたなをかりてひとをころす)」の意味を、三国志を例に解説していこう。

借刀殺人の計は自分の手を汚さずに、他人の力を利用して敵を倒す計略であると考えてよい。

だが、本当に上手な借刀殺人は第三者を利用するのではなく敵自身を利用してやる方法である。

通常の借刀殺人でさえ自身の勢力を温存できるのに、敵の力を利用してやれば効率良く敵を崩壊に追いやることができるのだ。

さて、このような借刀殺人の計略は三国志において頻繁に使用された計略である。

外交戦略上、二国の内どちらかを利用してもう一方を叩くというのは至極当然な発想であろう。

ここでは前計、「囲魏救趙」に続いて関羽の樊城攻略を例としてみよう。ただし、「囲魏救趙」の方では呉の視点で考察したので今回は魏の視点で見てみよう。

さて、魏にとって荊州北部樊城や襄陽といった地域は地政学上のチョークポイントに相当する部分である。

もし、ここが陥落すると魏は洛陽、許昌方面にまで敵軍の侵攻を許すことになり、戦略上絶対に死守しなければならない重要拠点なのである。

その、戦略的用地樊城が関羽の侵攻によって危機にさらされる。

曹操は流石に事態の重要性を認識しており、幕僚を集め対策を講じた。曹操が遷都を口にした所(話しによっては曹操は司馬懿らに「おぬし等を試したのじゃ」と強がりを言ったりするが)、司馬懿が曹操にこのように進言した。

「孫権を動かすことにしましょう。荊州は孫権にとって悲願の地であり劉備の支配を苦々しく思っているはず。領土は分割統治し、長江以南は与えるという条件で出兵を依頼するのです。背後をつかれれば関羽とてひとたまりもありますまい。」
この進言に曹操はいたく感銘し、早速孫権に使者を派遣した。

孫権の方も渡に船である。都督の呂蒙の作戦に従い出兵を決定する。

こうして、孫権軍は江陵を占拠し、その結果関羽はやむを得ず樊城の包囲を解き、結果として捕らえられ斬首されるのである。

曹操が孫権を利用し、関羽を破ったこの荊州樊城をめぐる一連の戦いは典型的な借刀殺人の計であるといえる。