兵法三十六 敗戦計 第三十六計「走為上」(そういじょう)についての解説

兵法三十六 敗戦計 第三十六計 「走ぐるを上と為す(にぐるをじょうとなす)」の意味を、三国志を例に解説していこう。

いつもいつも勝てるとは限らない。そんな時どうするか?逃げるのである。走為上は戦争を避けるのが最上という考えに立脚した策略である。孫子をはじめ中国兵法の大原則は勝算のないときは戦わないというものである。なぜなら、勝てない戦は戦力を消耗するだけであり利益がないからである。

逃げることは恥ではない。それよりも大局的に見て、全体での収支を考えることに意義がある。逃げれば利益を上げられなくとも、損失を被ることもないのである。

走為上はただの撤退ではなく次回の勝利への布石なのである。

戦上手は逃げることが上手である。三国時代の戦上手と言ったらやはり曹操である。曹操もやはり逃げ足が早かった。

定軍山は漢中の西北に位置する要害であった。劉備はここに鉄壁の防御を築いたのであった。これに対し、曹操は四十万と言われる大軍を率いて、長安から遠征した。そして、定軍山に着くとただちに総攻撃をかけたのであった。だが、二ヶ月攻めても定軍山は陥落する様子を見せず、逆に自軍は大量の戦死者と負傷者と脱走者を出す羽目になった。

さらには、この曹操到着の以前には劉備軍の奇襲で股肱の臣である夏侯淵を失っている。

ここに至って曹操は撤退を決意した。ある夜、鶏の肋の吸い物を食べながら参謀達に
「鶏肋だ、鶏肋だ」
と話した。

ところが、この意味することが誰にも分からない。

ただ一人楊修だけ撤退の準備を始めた。

楊修はこの謎掛けをこう解いた。

「鶏の肋は捨てるにはまだ肉がついているようでもったいないが、いくらも食べられない。漢中はそんなものだということさ。だから、撤退とわかったよ」
曹操は、楊修の言うように間もなく撤退した。そして、全軍を全うして帰還できたことを喜んだという。

(尚、楊修はこの一件で曹操の逆鱗に触れ処刑された)
この様に逃げることが上手く、撤退しても次の戦への糧にできたからこそ曹操は覇者たりえたのである。