モンゴル人の名前の構成を解説

近頃、相撲界を初めとして、日本でもモンゴル人の活躍がそれなりに目につくようになってきた。

マスコミなどで取り上げられることが多くなったのは、モンゴルに関わりのあるものとしては喜ばしいのだが、その一方で、名前の表記や呼び方がいちいち気になってしょうがない。モンゴル人の名前は日本人になじみが薄いのは仕方がないとは思うが、いくつか注意の必要な点がある。間違った呼び方が定着しては本人に失礼だし、第一格好悪い。そこで簡単に解説をしてみましょう。ただし基本的にモンゴル国の人を念頭に置いています。

1.「苗字」と「名」

モンゴル人には「苗字」はない。厳密に言えば「氏族名」にあたるものはあるが、日本人の苗字やアメリカ人のファミリー・ネームのようなものは日常的には使わない。

しかし横綱朝青龍の本名や、K-1中量級に参戦している選手には苗字らしきものがあるぞと言われるかもしれない。実はあれは「父親の名前」なのである。実例を挙げて説明しよう。

例えばK-1の「ジャダンバ・ナラントンガラグ」なら、「ジャダンバ」が父親の名前、「ナラントンガラグ」が本人の名前である。

朝青龍の本名「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」のうち、「ドルゴルスレン」が父親の名前、「ダグワドルジ」が本人の名前。

新日本プロレスで活躍中のリングネーム・ブルーウルフは朝青龍のすぐ上の兄で、本名は「ドルゴルスレン・セルジブデ」、これも本人の名前は「セルジブデ」。

さらに兄でモンゴル相撲の実力者にして、近頃はボブ・サップとも対戦したのは「ドルゴルスレン・ソミヤバザル」、本人の名前は「ソミヤバザル」である。

兄弟三人そろって「ドルゴルスレン」がついているので、一見それが「苗字」のようだが、それはお父さんが同一人物だからである。

(なお、日本のマスコミではSumiyabazarというローマ字表記をそのままカタカナにして「スミヤバザル」としているが、私の考えでは「ソミヤバザル」と表記したほうがよいと思う。どうしてかを説明すると長くなるので、ここでは、uであらわされるモンゴル語の音は日本語の「オ」に近いとだけ言って、あとの説明ははしょることにする。)

なぜこんなことになっているかというと、もともとは同じ名前の人が多くてまぎらわしいため、区別のために「誰の子供か」を示しているのだ。国内でも住民登録とか正式の書類などのフルネーム記入欄では、苗字に相当するものとして父親の名前を併記している。また、外国ではふつう、ファミリー・ネームと本人の名前の併記が求められるので、そこに苗字的に父親の名前を記入しているわけだ。しかし日常的にはほとんど本人の名前だけで暮らしているし、新聞等でも父親の名前の頭文字だけを示して、

D.ダグワドルジ

というように表記するのが普通だ。

だから丁寧なつもりで朝青龍を「ドルゴルスレンさん」なんて呼んだり、ナラントンガラグを「ジャダンバ選手」なんて言ったりすると、まったくの別人になってしまう。気をつけましょう。

このシステムだと当然、子供の代にはその名前の位置が変わる。たとえば朝青龍の娘さんはイチンホルローという名前だそうだが、このシステムで表記すると

ダグワドルジ・イチンホルロー

となる。(いちいち無断で実例に使って、朝青龍関、どうもすみません)

これを日本人の名前に当てはめてみよう。

父親が「権兵衛」、息子が「太郎」、孫が「良男」だとすると(あくまでも思いつきの例なので、もしこういう親子が実在したとしても、まったく関係はありません)息子は「権兵衛・太郎」、孫は「太郎・良男」となる。

なお、モンゴル語であらわす場合、父親の名前のあとに、日本語の助詞「の」にあたるものがついた形になって

ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ (ドルゴルスレンのダグワドルジ)

とか、

ジャダンビーン・ナラントンガラグ (ジャダンバのナラントンガラグ)

となって、父親の名前と本人の名前の関係がわかりやすい。

最近、英語表記のときの書き方の規則ができたのかどうかしらないが、モンゴル国の人たちは外国で名乗るときにどうもこの「の」を省略する事が多く(上に挙げた朝青龍などの例がそれ)、なかには日本人がよくやるように、英語人と同じ順番に自分の名前を先に書く場合があるので、どちらが本人の名前でどちらが父親の名前かはなはだ見分けにくい。ぜひとも外国で名乗るときも「の」のついた形(属格)にしてほしいものである。ロシア人の名前の場合、父称は父称とわかる形のままで外国でも通用しているはずだ。あるいは、どうしても、という必要に迫られたとき以外は、モンゴル国内と同様に基本的にイニシャルだけで通すとかしてくれないだろうか。

このシステムでは母親の名前はまず関係ない。もちろん、本人の名前をつけるときに、両親の名前からそれぞれ一部をとって組み合わせるという命名法(日本人でもときどきやりますよね、両親から漢字一字ずつとるというのは)はある。それから、このようなシステムなので当然のことながら、結婚しても名前にはまったく変更はない。「夫婦同姓・別姓」ということは問題になりようもないのだ。

「氏族名」は本来、貴族の一族だけがもっていたのだが、もともと庶民はそのようなものをもっていなかったのだし、身分制度が廃止されたのでほとんど使われなくなっていた。ところが、モンゴル国では数年前、世界のスタンダードに合わせようと思ったのかどうか、名前を公式に書く場合には、「氏族名・父親の名前・本人の名前」とするように、という法律ができた。自分の氏族名がわからない人のために、「どの地域の人はどの氏族か」というのを詳しく書いた本まで出版された。だから一応みんな氏族名をもつようになり、お役所にもそのように届けられているはずだが、私の知る限り、日常でこのような表記をしている人はほんのわずかのようだ。

ちなみに、中国の内モンゴル自治区出身の人は、日本人の苗字のように氏族名をわりとよく名乗る。名刺や論文の署名でも、父親の名前よりも、「氏族名・本人の名前」を使っている。面白いのは、「チンギス・ハーンの子孫」であることを示す、「ボルジギン」を名乗る人がとても多いということだ。あんまり多いので、他人との区別という意味ではあまり用をなさないほどだ。これはまあ、日本人の猫もしゃくしも「清和源氏の末裔」ということになっているのと同じ現象かもしれない。ともあれ、このような人達にたいしても「ボルジギンさん」というように呼びかけるのはヘンで、本人の名前で呼びかけるのが正しい。

2.名前の意味

モンゴル人の名前は妙に長く、音の響きも日本人にはなじみがうすいので、とまどうのがふつう。でも実は短い名前も多いし、長い名前も短い名前の組み合わせで成り立っていることが多い。ただそこで使われている語彙が問題で、純粋なモンゴル語の名前もあれば、チベット仏教の影響からチベット語やサンスクリット語の名前の場合もある。いわゆる「社会主義」時代のモンゴルでは、ロシア語の名前(ニーナとか)、あるいは「5ヵ年」とか「ロシア」とか「セセール」(ロシアのCCCP=ソビエト社会主義共和国連邦の略、エスエスエスエルのこと)などとつけられた場合もあり、時代が反映されている。

たとえば

ナラントンガラグは

モンゴル名で、「ナラン」は太陽、「トンガラグ」は「透き通った、清い」、というような意味。

旭鷲山の本名「バトバヤル」の「バト」は「堅固な、しっかりした」、「バヤル」は「喜び」。

旭天鵬の本名「ツェベグニャム」はチベット語の「ツェベグ」と「ニャム」から成り立っているのだけれど、すみません、チベット語の知識が貧困なので意味は保留。

むやみに長いわけではないのです。仏教にちなんだありがたーい名前だったりするのです。私の印象ではこの手の名前は少し古風な感じ。

もちろん「単品」で「ソロンゴ」(虹)、「ボルド」(鋼鉄)といった名前や、川の名前、花の名前などキレイな名前もたくさんもある。

その一方で、意味がわかるとびっくりするような名前もある。たとえば「名無し」「誰が知るか」「くそったれ」「醜い娘」(男の子に対して)など。これは、モンゴルでは子供の死亡率が高かったため、それを「悪霊に子供の命をとられる」と解釈し、悪霊の目を欺くためにわざとおかしな名前をつけたという事情がある。自然環境の厳しい地方、とくにゴビ地方などでは今だにそのような習慣があるとも聞く。だから、名前の意味を知っても笑わないでください。

モンゴル人の名前の意味や世代、地域による特徴を調べると、なかなか奥が深く興味は尽きない。ここではこれくらいにしておきますか。

3.中国国内のモンゴル人の名前の漢字表記について

モンゴル語はモンゴル文字であらわされる。モンゴル文字といっても歴史的にはいろいろあるのだが、現在は、中国国内のモンゴル人は縦書きのモンゴル文字(ウイグル式モンゴル文字ともいう。モンゴルに関わる日本人の間では通称として「たて文字」とも呼ぶことがある)、モンゴル国ではロシア文字のアルファベットにモンゴル語独特の発音を表すための2文字を追加したキリル文字を日常的には使っている。

しかし中国から来たモンゴル人に名刺をもらったりすると、そこには漢字が書かれていることがしばしばある。字数は少なくて2文字、多ければ6、7文字のこともある。日本人は中国から来た人はひとくくりに「中国人」とみなし、漢字で書かれた最初の文字を「苗字」だと思って、しかも日本語読みして「ゴさん」なんて呼んだりする。たしかに彼らは中国のパスポートをもっている、中国国民なのであるが、民族的にはモンゴル人なのである。ここに注意が必要。

まず確かめる必要があるのは、中国国内のモンゴル人には、モンゴル式の名前(上に書いたようなチベット語、サンスクリット語、たまにマンジュ語の名前も含める)をもつ人と、漢人(漢民族)式の名前(周・恩来、江・沢民のような)をもつ人とがいる。これはまあ、歴史上もたらされた漢人の影響などがあるのだが、それについてはここでは省略。漢人式の名前の人については、日本人の常識通り、「周さん」とか「呉さん」とか呼んでも問題はない。

モンゴル式の名前の人についてはどうなのか。

この場合、本来はモンゴル文字であらわされるべき名前の音にあてはめて無理やり漢字で表記しているのである。それも中国語の発音で。要するに当て字、万葉仮名みたいなものだ。それは中国では公的書類を漢字で表記しなくてはならないからで、日本に入国するときにも中国国民は漢字で記入することを求められるから、本来はモンゴル語の発音をローマ字に置き換えたり、日本でだったらカタカナで表記すべきところを、漢字で通してしまうのだ。それをさらに日本語読みしたり、ローマ字表記を中国語のピンインでやっちゃったりすれば、実はもはや原型をとどめないほどに名前が変えられてしまうことになって目も当てられない。

たとえば巴特爾という人がいるとする。

これをピンインで表せばba te erとなる。

モンゴル語の目と耳ではこの人は「バートル」さんだとわかる。

モンゴル語をすなおにローマ字であらわすならBaatorあるいはBaaturとなるはずで、Bateerではありえない。

また、日本語読みして「ハ(またはバ)・トクジ」さんとしてしまったら、まったく原型をとどめていないことがわかるだろう。

最近の実例では、相撲界に入った内モンゴル出身の力士「蒼国来(そうこくらい)」(実際には異なる字体を使用)がいる。

彼の本名は漢字では「恩和図布新」(図は圖の略字、中国式では口の中に冬と書く)。

日本のマスコミで紹介されたときには、この名前は「オンワトウブシン」となっていた。

ピンインでは「en he tu bu xin」、つまりモンゴル語では「エンヘトゥブシン」ないしは「エンフトゥブシン」、平穏、というような意味の名前だ。

日本語で「恩和」を「エンヘ」とはとうてい読めないのだから無理もないが、「オンワトウブシン」とか、「オンさん」としてしまっては、「誰それ?」ということになってしまうわけである。

漢字表記からモンゴル名を読み取るのは、判じ物のようでそれなりに楽しいのだが、大多数の日本人の間ではモンゴル人の名前はなじみが薄く、判じ物をやれといっても無理がある。日本在住の中国籍モンゴル人のみなさんにも、ぜひとも、日本国内では名刺を漢字で書かず、カタカナ表記していただくようにおねがいしたい。また、中国籍の人を一律漢字表記とするのは無理があるので、その点、日本のお役所にもご一考願いたいものである。