文系の雑学・豆知識

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平安時代の文化「国風文化」の特徴を解説

1:国風文化の特徴

弥生時代~奈良時代までに、日本は、中国(漢・隋・唐)や朝鮮、そして遠くのインド・イラン(ペルシャ)までの文化を日本は学んで、いろいろと日本なりにその文化を発展させていた。

弥生~奈良時代は、日本の外国文化の学び・模倣の時代と言える。

そして十分に学んだ日本が、 自分の足で旅立ち、自分なりの文化を始めて形成したのが、平安時代の国風文化 であったのだ。

国風文化ができるきっかけとなったのが、894年に遣唐使を廃止だった。

遣唐使の廃止で外国の文化が入ってこなくなった日本は、日本独自の服装である十二単 (じゅうにひとえ)や、日本独自の文字であるかな文字を発明し、そのかな文字を使って多くの文学作品を残したのだ。

2:国風文化の作品

①かな文字とかな文字による文学作品

かな文字にはカタカナ・ひらがなの2つの文字がある。漢字のつくりやへんをもとにカタカナが、漢字をくずしてひらがながつくられた。

カタカナは外国の用語や漢文での送り仮名で使われた。平安時代では漢字を使えるのは男性だけで、かな文字は女性が使う文字であった。

かな文字ではすぐれた文学作品がつくれないと考えられていたが、紀貫之が『土佐日記』でかな文字を使ったことから、多くの女性によってかな文字の作品が出来た。以下に例を挙げる。

『土佐日記(とさにっき)』紀貫之(きのつらゆき)

日本で最初のかな文字を使った日記。土佐(とさ。高知)の国守であった紀貫之が、土佐から京都に戻るまでの旅を描いた。

『竹取物語(たけとりものがたり)』作者不明(紀貫之という説あり)

日本最古の作り物語。かぐや姫の物語として有名。

『蜻蛉日記(かげろうにっき)』藤原道綱(ふじわらのみちつな)の母

夫の藤原兼家との結婚生活を描いた日記。今で言う、ブログと同じようなもの。兼家の他の恋人への嫉妬や母としての苦悩を芸術的な話題などを書き残す。藤原兼家は、藤原道長の父でにあたる。道長と作者の子である藤原道綱とは母は違う。

『枕草子(まくらのそうし)』清少納言(せいしょうなごん)

一条天皇(藤原兼家~藤原道長の摂関政治時代の天皇)の妻である藤原定子(ふじわらのていし)に使えた女性である清少納言が、自分の好きなものや宮廷での自分の生活や、藤原定子や一条天皇とのやりとりを書いたエッセイ(随筆)。

『源氏物語(げんじものがたり)』紫式部(むらさきしきぶ)

第一部は光の君という男性の恋愛を、第二部は光の君の名目上の息子である薫の君を中心にした、宮廷の生活を表わした作り物語。作者の紫式部は、一条天皇(藤原兼家~藤原道長の摂関政治時代の天皇)の妻である藤原彰子(ふじわらのしょうし:藤原道長の娘)に仕えた女性で、藤原道長に重んじられた女性である。源氏物語は当時の女性の大ベストセラーだった。

『古今和歌集』紀貫之(きのつらゆき)たちが編集

日本で最初の勅撰和歌集(天皇の命令でつくられた和歌集)。代表的な歌人に、紀貫之(きのつらゆき)、在原業平(ありわらのなりひら)、世界3大美女で有名な小野小町(おののこまち)などがいる。

②建物

寝殿造(しんでんづくり)

貴族の住まいに取り入れられた建築様式。寝殿(家の主人がすむ場所)を中心に左右対称の建物が建てられ、真ん中に池をつくった庭がある。

平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)(京都府宇治市)

藤原道長の息子である藤原頼道が建てた寺院。(※右の写真を参考)当時はやっていた浄土信仰(念仏を唱え、阿弥陀仏にすがれば、死後に極楽浄土つまり天国に行くことができるという信仰)に基づいてつくられ、極楽浄土を表わした建物になっている。10円玉にも描かれていることで有名。

中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)(岩手県平泉)

岩手県の平泉を中心に栄えた奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし)が建てた寺院(阿弥陀堂)で、全体に金ぱくが貼られ、豪華である。この黄金で飾られた部屋などを元(中国)の皇帝フビライ=ハンが日本は黄金で飾られているという話をしたことを、マルコ=ポーロがヨーロッパに伝え、「黄金の国ジパング」という言葉ができた。

③服装&絵画

平安時代には日本独自の服装がつくられ華やかな服を着飾った女性が宮中をはなやかにした。 そしてこの平安時代の服装が現在の日本の着物の原型になる。また、宮中の様子を描いた大和絵という絵画 技法が生まれ、先述した文学作品の絵巻物(今で言う絵本)も多くつくられた。

十二単(じゅうにひとえ)・束帯(そくたい)

十二単は、宮中にいる女性の服装で、何枚も服を重ねた日本独特の服装。束帯は、宮中の男性が仕事のときに着る服装。

大和絵(やまとえ)& 絵巻物(えまきもの)

大和絵とは日本の出来事や人物を描いた絵画。中国の出来事や人物を唐絵と言って、唐絵を区別するために大和絵という言葉が使われた。絵巻物は、絵を文をおりまぜて、物語のすじを表わしたもの。今で言うと絵本と同じようなもの。代表作品に、『源氏物語絵巻(名古屋市にある徳川美術館に所蔵)』がある。

~平安時代の女流文学のお話~

平安時代は、かな文字が発明され、かな文字をたくみに使う女性の作家が活躍した時代でした。

かな文字は、漢字とちがい、口で言った&心で思ったことをすぐ書き表せるため、思うままに簡単に文字を書くようになったのです。(例:かなしい、と思った気持ちを、ひらがなだとすぐ「かなしい」と書けばよいが、漢字だと「悲しい」という漢字と送り仮名がすぐ出ない場合が辞書で調べなければならず大変です。)

かな文字で自由に気持ちを表現できるようになった女性たちの多くが興味を持っていることは、恋愛でした。

そこで恋愛に関するお話が多く書かれました。

その中でも、当時から大ベストセラーであった作品が紫式部の『源氏物語』!

主人公の光の君(光源氏(男))は、幼いころに母を亡くし、亡き母の面影をおった女性を好きになりました。しかし、その女性は自分の父親の再婚相手。光源氏は、継母に恋心を抱きながらも、ほかの女性と恋をしますが、そこには波乱万丈な人生が!光源氏の恋人には多くの女性が出てきて、その女性に憧れや共感を抱く、当時の女の子は多かったそうです。