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オー・ヘンリー『魔女のパン(Witches' Loaves)』(1911年)あらすじと書評

青空文庫の全文(翻訳 山本ゆうじ)はこちら

あらすじ

ミス・マーサ・ミーチャムは、街角の小さなパン屋を営んでいる。階段を三段上がって扉を開けると、ベルがチリンチリンと鳴るそんな店だ。マーサは今四十歳で、通帳には二千ドルの預金があり、差し歯を二つと、いわゆる同情心を持ち合わせていた。結婚運に恵まれない女性でさえ結婚していく中で、彼女はずっと独身でいた。そんな彼女も、このところ店を訪れる或る男性の客に興味を引かれていた。眼鏡をかけた中年の男性で、ヒゲを清潔に整え、あまり金持ちではないようだが、身ぎれいで礼儀正しく見える。不思議なことに、いつもその男性は新しいパンではなく、決まって古いパン2個を買う。ある日彼女は、男性の指に絵の具がついているのを見つけ、彼は貧しい画家なのではないかと確信する。最初はささやかな同情心であったが、彼に対する想像はどんどん膨れ上がり、次第に彼を慕うほのかな愛情に変化していった。マーサは、青い水玉模様の絹のブラウスを着て店に立つようになった。奥の部屋では、マルメロの種とホウ砂を混ぜ合わせたあやしげなものを作っていた。肌つやをよくする、多くの人たちがそれを愛用していたものだった。一方、例の男性は日に日にやせ細って落胆していくように思える。そんな或る日、マーサはささやかな優しい心遣いで、男性が買ったパンにバターを忍ばせる。これで少しは栄養が取れるだろう。彼が帰った後、マーサは自分の心遣いに彼が気づいた時、私の事をどう思ってくれるのだろうと、胸がときめくのであった。

その時、入口のベルが鳴り響いた。そこには男が二人、一人は若い男でパイプをくわえていたが、今まで一度も見たことのない顔だった、もう一人は例の画家。画家の顔は真っ赤で髪は逆立っていた。両手を握りしめると、マーサに向けて激しくふり立てた。若い男が画家を外へ引っ張り出そうとした。画家は怒って店のカウンターをバスドラムのように打鳴らし、「オメエのせいで台無しだ!このお節介ババアが!」。マーサは、ヘナヘナと棚に寄りかかり、片手を青い水玉模様の絹のブラウスにあてた。若い男が連れの襟首を掴み、「行こう、もうじゅうぶんだ」、怒り狂う男を外の舗道まで引きずり出すとまた戻って、「お伝えしておくべきでしょうね。あいつはブランバーガーと言います。建築設計士で同じ事務所の同僚です。この三カ月というもの、ずっと懸賞金付き公募の新シティホールの設計図に取り組んでいました。そして昨日、ようやく墨入れが終わりました。最初は鉛筆で描き、その後ちぎった古いパンで鉛筆の線を消します。彼はここでずっとパンを買っていました。そしたら、あのバターですよ。設計図はまるで使いものにならなくなり、切り刻んで駅売りのサンドイッチの包み紙にでもするしかない」。マーサは店の奥の部屋へ引っ込んだ。青い水玉模様の絹のブラウスを脱ぎ、ずっと着ていた茶色の古い毛織のブラウスに着替えた。それからマルメロの種とホウ砂の混ぜものを窓から外のゴミ缶に流した。

 書評

マーサは、男性に対する好意が生まれても全面に出せない40歳女性。その物悲しさが出ているが、でも放っておけない彼女の優しさもあり、その狭間で揺れ動く女性の心の葛藤がある。その結果が、彼女にとって最小で最大である究極の行動・・・パンにバターを挟むであった。その好意が正反対の結果を招く。建築設計家は二度と彼女のパン屋さんには来ないだろうし、彼女もまた元の地味なブラウスを着る。これほどまでに悲惨なエンディングはない。これを単なるお節介と解しては、オー・ヘンリーも泣くだろう。ちょっとした善意が通じず、逆の結果になると言う、オー・ヘンリー自身の人生が投影されているように感じる。

お節介とは、「相手の迷惑も考えず、自己満足のために好意を相手に押しつける」事と考えられる。男性側から見れば確かにそう見える。でもこの女性の場合、非常にささやかな、ちょっとした好意を現しただけである。相手が設計士でなければ違った結果になっただろう。彼女が自分のたくわえで男性を支えようとまで想っていたのだ。どちらも善人である。特に女性は相手を想いやっているのに、ちょっとした運命のいたずらなのか、悲惨な結果を招く、「マルメロの種とホウ砂の混ぜものを窓から外のゴミ缶に流した」ように彼女の期待と希望も捨ててしまった。まるで「魔女への道は善意で舗装されている」ように思える。「賢者の贈り物」とは全く違った趣がある。すれ違いの人生を悪と考えれば魔女にもなるが、やさしさを失わず、また一から生きようとすれば善女にもなれる。単純に善悪で判断はできない。

タイトルにある「魔女」の言葉には、著者の皮肉がこめられている。15世紀ドミニコ会士で異端審問官であったハインリヒ・クラーマーは、『魔女に与える鉄槌』と言う魔女に関する論文を出している。これに、教皇の回勅が魔女の存在とその弾劾の必要性を認めたので、血塗られた魔女狩りの時代を開くきっかけとなった。マーサは魔女でもなく、単にすれ違いの想いが招いた出来事であった。両作品とも、オー・ヘンリー自身が横領で刑務所に服役した自身の経歴が背景にうかがえる・・・簡単に善悪で判断して欲しくないと。