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旧約聖書「ソドムとゴモラ」、「塩の柱」とタブーを考える

古代の黙示録:ソドムとゴモラ

旧約聖書「創世記」にある「ソドムとゴモラの滅亡」では、このニつの町に住む民がモラルを逸脱する行為を繰り返していて、神はこの町に神の怒りの罰を下すとアブラハムに告げる。アブラハムは甥のロトがソドムの町に住んでいる事から(参照記事)、正しい者がいるのならば思いとどまるようにと願う。10人まで正しい者がいればというところまで値切り倒すが、結局ロトの家族しかいなかったために、神の逆鱗に触れ、突然、天から火と硫黄がふりそそぎ、町も人もすべて焼かれて消え失せた、と言う伝説である。これは、実際に脅威の自然災害が起こり、それを題材に、自民族に何かの教訓を与える伝説としたと考えるのが、最も至当だろう。

BS朝日で放映されたBBC地球伝説では、この物語の原因となった自然災害を採り上げている。舞台となった死海付近に、地質学者グレアム・ハリス、考古学者ジョナサン・タブ、そしてハル大学教授リン・フロスティックの三人が集結し、あらゆる調査と研究を重ね、「聖書に記されたソドムとゴモラの滅亡は、死海周辺に起こった大地震と、それに続いた液状化現象による地すべりという、自然現象を元に作られた話である」というグレアムの仮説を証明しようと試みた。聖書に出てくる物語は、歴史上実際に起こったことをヒントにして書かれたものだという説がある。たとえばノアの箱舟は、黒海の氾濫による大洪水をもとにした話だとも言われている(シュメール文明のギルガメシュ伝説に全く同じ内容の話がある)。

(注)ソドムとゴモラの話は、創世記神話の中では、最も古い時代のイザヤ書1章に登場する(紀元前700年頃)。ノアの洪水伝説については、モーセ五書以外では歴代誌に出てくるので、捕囚以前には全く知られていなかった、新しい伝説だったと考えられる。

ソドムとゴモラの町の滅亡とは

トルコから紅海まで続く地溝帯は、アフリカプレートとアラビアプレートがぶつかり合う地域で、昔から地震が多い。死海もその断層のぶつかり合いから沈み込んでいて、海抜は約マイナス490m。ヨルダン川から流込む水の出口は無く、海水の6倍の塩分濃度がある。。また、死海の底から化合物が浮かび上がる時があり、それはアスファルトであったので、別名アスファルトの湖とも呼ばれていた。ソドムとゴモラの二つの町は湖畔にあったのではないかと考えられている。アスファルトは防水加工に適していて、ミイラの加工に使われるためにエジプトに輸出されていた(成分分析結果で一致)。ソドムとゴモラの人々はそれで生活が潤っていて、そのために湖のそばに家を建てて住んでいても不思議ではなかった。もちろん、耕作・牧畜・水の確保ができる場所に近かっただろう。聖書の記述とこれらを考慮して、ソドムとゴモラの町のおおよその位置が推測される。

ところがある日、大地震が起こった。

 

(創世記19:23-29)ロトがゾアルに着いた時、日は地の上にのぼった。主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。アブラハムは朝早く起き、さきに主の前に立った所に行って、ソドムとゴモラの方、および低地の全面をながめると、その地の煙が、かまどの煙のように立ちのぼっていた。こうして神が低地の町々をこぼたれた時、すなわちロトの住んでいた町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを覚えて、その滅びの中からロトを救い出された。

 

硫黄と火の柱、地の煙という記述は、大地の裂け目からメタンガスが発生して炎となって噴出したのではないか。大地には割れ目が出来て、液状化現象が起こり、町も人々も湖の中へ引きずり込まれたと仮説を立てた。地球科学者や有機化学者の協力のもと、調査を進めるうちに、死海周辺の地層に大地震の爪あとが残っていたことや、ソドムとゴモラがあったとされる地域は地質学的に、液状化現象を起こしやすいことが明らかになった。更に、ケンブリッジ大学の研究所にある遠心分離機を使って実験が行われた。地震が起きた当時のものを再現して作られた地層、そして綿密に計算された当時の建物の模型を作り、遠心分離機と地震シミュレーターを使って、4000年前に町を襲ったと言われる大地震を再現。地震による液状化現象で湖畔の町が容易に湖底に沈む事が再現された。

本当にその二つの町は実在したのだろうか・・・地質学者はこう答えている、「それは、わからない。確かな証拠は湖の底にしかないだろう」と。

(注:根拠の薄いもう一つの仮説)ニネヴェ遺跡で見つかった謎の粘土版は、プラニ・スフィア(星図)と呼ばれ、19世紀にニネヴェの王宮図書館の遺跡でビクトリア朝時代の考古学者ヘンリー・レイヤードによって発見された。紀元前700年頃にアッシリア人の書記官によって作られたとされ、発見されてから150年以上謎のままだったが、アラン・ボンドとブリストル大学のマーク・ヘンプセルがその謎を解説した。ふたご座・木星などの惑星と、アピンと名づけられた正体不明の矢印が書きこまれており、この天体配置日の明け方の5時30分頃、4分半かけてアピンは地上に落下した記述だと言う。アラン・ボンドの解析により、コンピューターでこの粘土板に記されている数千年前の夜空を再現したところ、「紀元前3123年6月29日未明」の状態であり、典型的なアテン群小惑星の落下の記録であると結論付けた。彼らによれば、この粘土板は古代シュメール人による小惑星衝突の観測記録であり、それはオーストリア側のアルプス山脈にあるコフェルスで起こった天体衝突を指していると言う。小惑星は直径が1.25km。ギリシャ上空で大気圏に突入し、アルプス上空で爆発を起こし、その威力は世界最大の核兵器の100倍であり、破片は900キロ上空にまで達し、大気圏に再突入し地中海を越えて、ソドムとゴモラがあったとされる死海周辺にまで及んだとされる。破片は摩擦熱を帯び、瞬間的に地表温度は400度まで上昇したため、小惑星の破片が飛んできた地域にいた人々は、瞬時に焼け焦げ、跡形もなく消え、ロトの妻が塩柱になったと表現されているのは、おそらく瞬時に焼け焦げて死海に並ぶ塩柱のような遺体が残ったのかもしれないと言う。南アルプスの氷床コアの調査によって、紀元前3100年ころに急激な気温の低下があったという傍証的データが示されている。これは小惑星衝突によって、コフェルスで起こった小惑星爆発によって巻き上げられた塵や灰が地球全体を覆い、何カ月も太陽光を遮ったため、大規模な気候変動が起き、地球の大部分が急激に冷え込んだ証拠だと言われている(参照元:ナショナルジオグラフィック、ソドムとゴモラ)。年代が創世記の記述よりも専念以上古く、ソドムとゴモラの町がその影響を受けたとするには根拠が薄いだろう。

「塩の柱」とタブー(禁忌)

(創世記19:17)彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った、「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。
(創世記19:26)しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。 

後ろを振り返ってはいけない…は宗教的タブー(禁忌)を表現していると思われる。タブーとは、本来は未開社会や古代の社会で観察された、「何をしてはならない」、「何をすべきである」という決まり事で、個人や共同体における行動のありようを規制する規範であった。タブーとされる行動をなぜ取ってはならないのか、合理的な説明は存在しない場合が多いが、共同体の存立の根拠とタブーの遵守は密接な関係を持っている。ここでは、「聖」なる神による、罰と言う「凶」なる力への礼儀が示されていて、「~してはならない」という否定的宗教儀礼とされる。これに違反すると共同体からは排除される。ロトの妻はこの儀礼に反したために、性的退廃であった死海沿岸の低地の町ソドムとゴモラと同等とみなされ、死海の象徴である「塩」の柱とされている。

もう一つ、「後ろを顧みた」には、二つの意味があるだろう。一つは意志の弱さであり、もう一つは過去に執着する、過去を引きずる行いを指す。ユダヤ教では、国を失ったのは神を信頼しなかった民への罰であり、神と断絶しているという意識がある。こうした過去を繰り返してはならないという宗教的タブーを、ロトの妻は破ったとも解釈できる。この後、ロトの娘は父親と交わって子をなしている…性的退廃が残っている事を暗示ながら、その子の子孫であるモアブ人、アンモン人を貶めている(ネヘミヤなどの民族浄化策の一環として付け加えられた伝説だろうか?)。

(注:塩)塩は清めに用いられ、新しい隣人や客を塩をもって迎える風習がある。食事ではパンに塩をふりかけることから始めるが、これは食卓を一種の聖なる祭壇とする行為である。日本では、神前の供え物には必ず塩が添えられるが、古代イスラエルの風習でも同じで「あなたの素祭の供え物は、すべて塩をもって味をつけなければならない。あなたの素祭に、あなたの神の契約の塩を欠いてはならない。すべて、あなたの供え物は、塩を添えてささげなければならない(レビ記2:13)」と記されている。また、塩は腐敗を防ぐ。ロトの妻が塩の柱となったのは、宗教的犠牲の禊とも考えられる。