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宦官(かんがん)とは【中国歴史用語の解説】

宦官とは後宮に仕える去勢された男性役人の事である。

後宮という夥多の后妃妻妾の群れの中で働くには、男性機能の排除はやむを得ない事であった。

中国史上、宦官の及ぼした影響はすさまじく、皇帝の側近という好位置で、失った性欲に変わって金欲と権力欲が増長し、国政への影響や、専横の時代さえも作り出したほどである。

宦官は周の時代から既に存在していた。

当時は宮廷事務を必ずしも宦官が行っていたわけではなく、普通の役人が行っていた。

しかし、次第に宦官が起用されるようになっていった。

宦官が丞相に任命された事もある。

普通は左丞相・右丞相と呼ばれるところを宦官であるので中丞相と呼ぶ。

漢の武帝は秘書役の尚書に宦官を起用した。

宦官であるため、尚書もまた中書と呼ばれた。

 

宮廷の要職につくようになり、宦官の権限は次第に大きくなっていった。

国家財政収入の三分の一を占める皇族事業は宦官によって運営されていた。

後漢和帝以降、幼帝が十人以上も続いた為、皇太后の摂政体制が続き、宦官集団と外戚集団の権力争いが続く事となる。

唐代には宮廷事務を執り行う内侍省の長に宦官が起用された。

明代には、宦官の数が数万人に達し、様々な部門の要職に就いていた。

中でも司礼監の権限は、儀礼を司り、宦官全般の人事を行い、皇位継承の監督、軍隊の監督、司法監察など各方面にわたるものであった。

司礼監は東廠と呼ばれる司法監察機関の長(欽差総督東廠官校弁事太監)をも兼任し、独自に捜査・逮捕・拘禁・裁判・処罰を行えるほか、中央の正式な司法監察機関(刑部・大理寺・都察院)に干渉されること無く、逆にそれらの機関の情報を秘密裏に集めて皇帝に報告するという、非常な権力を有していた。