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『箱根八里』の歌詞が中国に触れている理由を調べてみた

子供のころ、父が「箱根の山は天下の険 函谷関も物ならず~♪」といつも口ずさんでいた。

最近は、一緒に住んでいるわけでもないので、聞くこともなくなったが…

当時は歌の意味など考えもしなかったが、いつも口ずさんでいたので脳裏にはこびりついていた。

この間、新聞を読んでいたら、この歌について触れられていたので、ちょっと、調べてみようと思ったのだ。


曲名は「箱根八里」というらしい。

興味を持ったのは、箱根の歌なのに中国に触れられているということである。

とりあえず、以下に歌詞を載せてみる。

 

箱根八里

詩 鳥居忱
曲 滝廉太郎

第一章 昔の箱根

箱根の山は 天下の険 函谷関も物ならず
万丈の山 千仞の谷 前に聳え後に支う
雲は山をめぐり 霧は谷をとざす
昼猶闇き杉の並木 羊腸の小径は苔滑か
一夫関に当るや万夫も開くなし
天下に旅する剛毅の武士
大刀腰に足駄がけ 八里の岩根踏み鳴す
斯くこそありしか往時の武士

第二章 今の箱根

箱根の山は 天下の阻 蜀の桟道数ならず
万丈の山 千仞の谷 前に聳え後に支う
雲は山をめぐり 霧は谷をとざす
昼猶闇き杉の並木 羊腸の小径は苔滑か
一夫関に当るや万夫も開くなし
山野に狩り剛毅の壮士
猟銃肩に草鞋がけ 八里の岩根踏み破る
斯くこそありけれ近事の壮士

 

「箱根八里」とは、小田原箱根口から芦ノ湖畔までの上り四里、三島までの下り四里を合わせてそう呼ぶようで、東海道の中でも箱根越は苦難の道であったようである。

この曲の歌詞も内容としては、箱根の難所を、中国の函谷関や蜀の桟道の険阻さになぞらえて歌ったものだ。

詩を書いた鳥井忱は幕臣の家に生まれ、東京音楽学校の教授を務めた人物で、漢学に詳しかったとのことである。これが中国の地名が出てくるゆえんであろう。

以下に、中国に関係のある語句のみを簡単に紹介する。


函谷関

洛陽の東にあり、後漢武帝の時代に楼蘭将軍の楊什が建てた。

谷の深く険しいところにあり、関壇の高さは9m、南北25m、東西20mある。

壇の上には二層建ての楼閣があり、壇の下には幅4m、高さ7mの通路がある。

ここは洛陽から長安に向かう古代の重要な通路だった。


万丈の山 千仞の谷

丈と仞は尺貫法に定められた寸法の単位。意味はさしずめ、山は非常に高く、谷は非常に深いといったところか。


蜀の桟道

桟道とは、絶壁に穴を穿ち、そこに丸太を差し込み、その上に板を渡したもの。

蜀は現在の四川省のあたりで、後漢時代には、この地方の交通の不便は言語に絶するものがあった。

北方の陜西省へ出るには有名な剣閣の山路を越えねばならず、南は巴山山脈にさえぎられ、関中に出る四道、蜀へ通ずる三道も、険峻たる谷あいに橋梁をかけ、蔦葛の岩根を掴み、わずかに人馬の通れる程度だった。


一夫関に当るや万夫も開くなし

意味は、一人の兵士が関所を守れば、一万人が攻め寄せても破られない、守りの堅いことをいう。

このフレーズは、李白の詩「蜀道難」の一節である。以下にその書き下し文を載せる。

 

蜀道難

詩 李白

噫吁 戯 危ういかな高いかな
蜀道の難きは青天に上るよりも難し
蠶叢と魚鳧と 國を開く何ぞ茫然たる
爾來四萬八千歳 秦塞と人煙を通ぜず
西のかた太白に当たって鳥道あり 以て峨眉の嶺を横絶すべし
地は崩れ山は摧けて壮士死し 然る後天梯石桟相鉤連す
上には六龍日を回らすの高標有り 下には衝波逆折の回川有り
黄鶴の飛ぶも尚過ぐるを得ず 猿猱度らんと欲して攀援を愁う
青泥何ぞ盤盤たる 百歩九折巌巒を縈る
参を捫で井を歴て仰いで脅息し 手を以て膺を撫して坐して長嘆す
君に問う西遊して何れの時にか還る 畏途の巉巌攀づべからず
ただ見る悲鳥の古木に號び 雄は飛び雌は從って林間を繞るを
又聞く子規の夜月に啼いて空山に愁うるを
蜀道の難きは青天に上るよりも難し
人をして此れを聽いて朱顔を凋ましむ
連峰天を去ること尺に盈たず 枯松倒に挂って絶壁に倚る
飛湍瀑流争って喧豗 崖を砅ち石を轉じて萬壑雷く
其の險なるや此の如し 劍閣崢嶸として崔嵬
一夫關に当たれば 萬夫も開く莫し
守る所或いは親に匪ざれば 化して為らん狼と豺とに
朝に猛虎を避け 夕に長蛇を避く
牙を磨ぎ血を吮い 人を殺すこと麻の如し
錦城は樂しと云うと雖も 早く家に還るに如かず
蜀道の難きは青天に上るよりも難し
身を側めて西望し長く咨嗟す

 

訳も分からず聞いていた歌だが、調べてみると面白い。

二十年来の疑問が一つ解けた気がする。