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ベトナム(越南)の民族分類について解説

※下記の文章・民族の人口データなどは、伊藤正子著「民族という政治 ~ベトナム民族分類の歴史と現在~」(三元社刊)を参考にした。

ベトナムの民族について

ベトナムには54の民族がいるとされている。

日本人にとって「民族」という言葉や、自分が何民俗かということ自体が、普段意識することのないものである。

しかし、ベトナムにおいては非常に重要な問題である。


例えば、18歳以上の国民が持つことになっている身分証明書には、顔写真・姓名・生年月日・性別・住所・出身地などに加えて何民俗かが必ず記載されているからである。

それは何かの書類や申請書などを作成するときにも必ず記載されるもので、アイデンティティの一つである。


民族分類は国家の政策の一つでもあり、それぞれの民族に適切な政策を施すことが、民族の平等と国民の意識統合を図る手段であると考えられている。


それで、この項では、ベトナムの民族分類とその策定過程について、簡単にではあるが纏めてみることにする。

 民族確定作業の過程

ベトナム(北ベトナム:ベトナム民主共和国)が国家として国際的に認められた1945年以後、はじめて民族を分類した(しようと思い始めた)のは、1956年頃からと思われる。

その結果として民俗学者たちが、民族政策にかかわる幹部達に向けて執筆した本が1959年に発行された。

その中では大多数を占めるキン族と63の少数民族が分類されていた。

※下記「民族表1」参照。


次いで、1960年に初めての国勢調査が行われた。

この時は、民族分類を自己申告制にしたため、全部で125もの民族分類が出来てしまった。

現在は統一されている民族の呼び名が地方ごとに異なっていたりしたためである。

この数では、民族政策を効率的に遂行することは難しいため、混乱が生じた。

それで1960年の国勢調査後に、国家直属の史学院や、ハノイ総合大学、中央民族委員会などが合同して、民族確定作業を正式に開始することになった。


この結果、1965~1969年にかけて本格的な調査が行われ、1973年に少数民族の名称リストが作成された。

この時には、北ベトナムに36、南ベトナムには23の合計59の民族が認定された。


この結果に基づいて、1974年に北側で、南北統一後の1976年には南側で国勢調査がなされ、史学院の所属する社会科学委員会と中央民族委員会は、最終的に54の民族を認定し、名簿を政府に提出した。


そして、1979年に初の全国統一国勢調査が行われて以来、1989年・1999年と、この54の民族分類に基いて調査が実施されている。

手元に資料がないが、おそらく2009年にも行われていることだろう。

※下記「民族表2」参照。

民族分類にまつわる問題

数万人規模になる民族の内部で、サブグループ的なものが存在し、異なる自意識を主張して、新たな民族としての認定を求めている一方で、周囲の民族に同化しつつある2~300人程度の極少少数民族を、「ベトナムを構成している54の民族」の一つとして存続させているのは、如何なものかという議論も無いではない。

そのような声は50,00万人規模のキン族の一部とされているグオン族や、サンチャイ族の一部とされているこれまた数万人規模のサンチー族やカオラン族からも上がっているようである。


対して、少数民族の中で最も少ないオドゥ族は、1989年に194人だったが、すでに一緒に暮らすターイ族やコム族などに同化してしまっており、両親共にオドゥ族という人はもはや存在していないのが実情らしい。

オドゥ族である当の本人達も自らをオドゥ族とは認識しておらず、ターイ族やコム族と自己認識しているケースが多く、1989年の国勢調査では、当初オドゥ族と届け出たものは32人しかいなかった。


しかし国家として、54の民族の枠組みを維持し、少数民族に対する政策の成功を内外にアピールしたいのもまた事実であり、「『ベトナムは54の民族からなる多民族国家である』と長年言ってきたのに、そのベトナムを構成するはずの民族が、1つ消えてなくなってしまうのはまずいのだ」という民俗学者の言葉からもそれが分かる。

そのため、人口が急激に減少した、まさに“絶滅危惧”のオドゥ族を何とか維持しようと政府は動いた。調査団(という名目のもの)を結成し、1979年にオドゥ族と答えたものの中で、1989年にターイ族またはコム族と答えたものに対し、「オドゥ族と答えるように」説得してまわったのである。

現在でもベトナム政府は数百人規模の極少少数民族に対し、投資などを行って人口の増加を促す政策を執っている。

とにかく54の民族を維持させることが、ベトナムがうまいこと民族政策を遂行し、平和裏に維持されている証であるからだ。


この先、キン族を構成している数万人規模のグオン族、サンチャイ族の中で言語が違うサンチー族やカオラン族、タイー族の中で民族衣装に相違のあるパジ族やトゥーラオ族、フラ族に含まれて入るが居住区も違い他民族とは婚姻もしないサーフォー族などが新たな民族として認定される日は来るのだろうか…

民族表1(1959年発行:「ベトナムの少数民族」より)

キン族
漢・蔵語系 チベット・ビルマグループ ウニ
コースン
カーペ
マンウ
サー
コチョ
チラ
ロロ
プピャオ
タイーグループ ターイ
ラオ
タイー
ニャン
ヌン
カオラン
パジ
トゥジ
トゥーラオ
チュンチャー
フーラー
漢グループ サファン
クィチョウ
サンチー
サンジュウ
ホア
メオ・ザオグループ メオ
マン
コーラオ
ラチ
ラック・ヴィエットグループ ムオン
ダンライ
モン・クメール語系 セダン-マプオックグループ プオック
マイー
ブル
クア
ズック
ヴァンキュウ
トイオイ
カトゥ
スティエン
ジエ
ヴェ
チャム
セダン
バーナー
ムノン
ラット
トロップ
コゾン
トラ
ラザ
ロンガオ
スレ
クメールグループ クメール
マラヨ・ポリネシア語系 エデ-ジャライ-ラグライグループ ジャライ
エデ
ビー
チュル
ラグライ
ラオアン
チャムグループ チャム

 

民族表2(ベトナムの国勢調査より) 

 

民族名 1979年人口 1989年人口 1999年人口
キン 46,065,384 55,900,224 65,795,718
タイー 901,802 1,190,342 1,477,514
ターイ 766,720 1,040,549 1,328,725
ムオン 686,082 914,596 1,137,515
ホア 935,074 900,185 862,371
クメール 717,291 895,299 1,055,174
ヌン 559,702 705,709 856,412
フモン 411,074 558,053 787,604
ザオ 346,785 473,945 620,538
ジャライ 184,507 242,291 317,557
エデ 140,884 194,710 270,348
バーナー 109,063 136,859 174,456
サンチャイ 77,104 104,012 147,315
チャム 77,012 98,971 132,873
セダン 73,092 96,766 127,148
サンジュウ 65,808 94,630 126,237
フレ 66,884 94,259 113,111
コホ 70,470 92,190 128,723
ラグライ 57,984 71,696 96,931
ムノン 45,954 67,340 92,451
トー 24,839 51,274 68,394
スティエン 40,763 50,194 66,788
コム 32,136 42,853 56,542
ブルヴァンキュウ 33,090 40,132 55,559
ザイ 27,913 37,964 49,098
コトゥ 26,993 36,967 50,458
ジエチエン 16,824 26,924 30,243
タオイ 20,517 26,044 34,960
20,264 25,436 33,338
26,828 22,649 27,766
チョロ 7,090 15,022 22,567
ハニ 9,444 12,489 17,535
チュル 7,738 10,746 14,978
シンムン 8,986 10,890 18,018
ラオ 6,781 9,614 11,611
ラチ 5,855 7,863 10,765
フラ 6,872 6,424 9,046
ラフ 4,270 5,319 6,874
カーン 2,327 3,921 10,272
2,952 3,684 4,964
パテン 2,181 3,680 5,569
ロロ 2,371 3,134 3,307
チュット 2,984 2,427 3,829
マン 2,434 2,247 2,663
コラオ 1,185 1,473 1,865
ボイ 1,342 1,420 1,864
ラハ 3,174 1,396 5,686
コン 843 1,261 1,676
ガイ 1,318 1,151 4,841
シラ 404 594 840
プペオ 264 382 705
ブラウ 95 231 313
ロマム 143 227 352
オドゥ 137 194 301
民族分類されていない者 8,830 21,320 39,532
外国人 32,903 5,749 39,532