文系の雑学・豆知識

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ドイツ人・ナチスドイツに関するジョークまとめ

ドイツ人に関するジョークをひたすらまとめています。

必ずしも歴史を知らなければわからないわけではなく、民族性や政治的特徴などを揶揄したものが大半なので、「ドイツ人=権威主義、 生真面目、科学的」ということと、を把握していれば大丈夫です。

 

 

1

ヒトラー「占星術師に聞くが 漏れの氏ぬ日はいつだ」

占星術師「ユダヤ人の祝日に氏ぬと出ています」

ヒトラー「ではその祝日とはいつだ 廃止してやる」

占星術師「無理です あなたが死ぬ日がユダヤ人の祝日になるからです」

2

Q ヒトラーとゲッペルスとゲーリングが乗っていた飛行機が墜落した。
  助かったのは誰か?

A ドイツ国民

3

執務室で書類を決裁しているヒトラーのもとに副官が駆け込んできた。

副官:「総統閣下、イタリアが参戦いたしました!」
ヒトラー:「そうか。ならば2、3個師団送って対応すればよい」
副官:「いいえ、イタリアは我々の側に立って参戦したのです!」

ヒトラー:「何と言うことだ! 2、3個軍団送って守ってやらねばならんではないか!」

4

ヒトラーがゲーリングとともに列車で前線の視察に出た。
帰りは夜行列車。ある駅に停まった時のこと。

ゲーリング「ここはどのあたりですかね」
ヒトラー「こうすればわかるさ」
ヒトラーが窓の外に手を出すと、窓の外にいた誰かが手にキスをしてきた。
ヒトラー「ここはルーマニアだ」

次の駅で同じように手を出すと、唾を吐きかけられた。
ヒトラー「ここはチェコだ」

次の駅では、腕時計をもぎとられた。
ヒトラー「ここはポーランドだ」

次の駅では、何かを手渡された。爆弾だった。
導火線に火がついている。

ゲーリング「わかりますよ。ここはドイツでしょう」

5

ヒトラーは基地で兵士の検尿を視察していた。
指揮官の号令にあわせて一斉に、
1で皮をむき、2で放尿し、3で皮を戻した。

その一糸乱れぬ動きに感嘆し、ヒトラーは自ら号令をかけると言った。
「1! 3! 1! 3! 1! 3! 1! 3!」

その日、多くの兵士はタンパク尿と診断された。

6

イタリアの戦車にはギアが4段階あるそうだ。
ローとセカンドとサードとトップ。

それが全部バックだ

7

ロシアの将軍とドイツの将軍とフランスの将軍が会合して、どの軍隊が一番勇敢かという話になった。
そこで、それぞれの部隊に崖から飛び降りるように命令を下すことにした。

フランスの部隊は将軍に命令されると、泣いて命乞いを始めた。

ドイツの部隊は命令される、「なんでそのような命令をするのか、納得のいく説明をしてほしい」といって将軍に食って掛かった。

ロシアの部隊は命令されると、「ダー(はい)」と答えて飛び降りていった

8

アメリカ大統領とソ連の書記長が、どちらの国の兵士が勇敢で命令に忠実かを競った。

アメリカ大統領が兵士に、崖から飛び降りるよう命じる。
兵士は「私には妻子がいるんです」と言ってその命令を拒否した。

次に、ソ連の書記長が兵士に、崖から飛び降りるよう命じた。
ソ連の兵士はすぐに飛び降りた。
だが、奇跡的に命は助かった。アメリカ大統領が、彼に尋ねる。
「どうしてあんな命令をきいたんだ?」

「私には妻子がいるんです」

9

1940年、シディ・バラニの戦いでイギリス軍はイタリア軍に対し大勝利を収めた。
その時の報告。

「捕虜の数はあまりにも多くて数え切れない。将校は約50エーカー、下士官は200エーカー」

10

ドイツ人の子供が石鹸で遊んでいた

それを見た母親が言った
「坊や!アンネ・フランクで遊んじゃいけません!」

11

 1944年
 ヒトラーがある日変装して町に出て通行人に尋ねた。
「正直ヒトラーってどうよ?」
 通行人は青い顔になってヒトラーを自分の家に案内し、厳重に閉ざされた地下室
に連れ込み、誰にも聞かれないのを確認して言った。
「実はヒトラーの政策に賛成なんだ。」

12

第2次大戦でイタリアが降伏した時、
イタリア系ブラジル人はお祭り騒ぎをして喜んだ。

ドイツが降伏した時、
ドイツ系ブラジル人は家に閉じこもり敗戦を悲しんだ。

日本が降伏した時、
日系ブラジル人は泣きながら働いた。

13

知的で善良なナチは存在しないことは、論理的に証明できる。

知的なナチは善良でなく、
善良なナチは知的でなく、
知的で善良な人間はそもそもナチにはならない

14

 ミュンヘン会談でチェコの領有権を見事に手にしたヒトラーが会談後チェンバレンに
こう話しかけた。
「チェンバレン殿、この度の会談の成功を祝ってひとつ記念にあなたの山高帽を頂きた
 いのだが、どうだろうか?」
「とんでもない。だめです。」
 とりつくしまもない返事にヒトラーは機嫌を損ね声を荒げた。
「私は断固要求する!」
「・・・困ったな、この山高帽はチェコと違って私の物なのですよ。」

15
真珠湾攻撃の直後

「あのジャップの戦闘機の左翼には木の板が張ってあった。
 ずっと前、米軍の戦闘機を修理する際に左翼に木の板を張ってあったのをジャップの産業スパイ見て、
そっくりそのまままねして作った戦闘機だな。」

16

 第二次世界大戦の後、ジューコフ将軍とアイゼンハワー将軍が会見した。

 お互いの戦術論をぶつけあい、親睦を深め合う二人の将軍。
話はやがていかに地雷原を突破するかに及び、アイゼンハワーは連合軍が苦心して考え出した地雷対策を披露した。

「戦車の前にドラム缶を装備して地面を叩いたり、事前砲撃でじっくり地雷原を叩き潰すのがコツなんです」
 しかし、それを聞いたジューコフは、感銘を覚える様子も無くただにやにやと得意そうな笑みを浮かべた。
「いやいや将軍、それよりよほど確実で効果のある方法がありますよ」
 ジューコフは得意げな表情を崩さずこう言った。
「簡単な事です、歩兵にその上を行軍させれば宜しい」

17

人間の構成要素の70%は水である。
カルテンブルンナーの構成要素の70%はアルコールである(シャハト博士談)。
ゲーリンクの構成要素の70%と言えば脂肪であとの30%はモルヒネである。
ゲベルスはの構成要素の70%が悪知恵であとの30%が水である。どうりで縮んで見えるわけだ。

18

アメリカ海軍潜水艦乗務員の間でのジョーク

問「ソ連海軍の原子力潜水艦の見分け方は?」
答「簡単さ!やつらは夜になると光りだす」

19

終戦間際ヒトラーが叫んだ

「時の経つのはなんと早いことか!もう千年が過ぎてしまった!」

20

1967年の6日間戦争でイスラエル軍は大量の最新鋭ソ連製兵器を装備しソ連軍事顧問団の指導を受けたエジプト軍に対し
空前の大勝利をおさめ、広大なシナイ半島を占領した。

停戦前日にエジプト軍司令部を占領したイスラエル軍部隊はソ連軍事顧問団から
エジプト軍司令官宛の最高機密文章を入手した。

「もっとも有効な戦術は退却を続け、敵軍を味方領土深くおびき寄せることである。
我国はその戦法でナポレオン軍やナチス・ドイツ軍を壊滅させた。奥深く侵入したナポレオンもヒトラーも
我国の冬将軍にはとてもかなわなかったのである」

21

1937年ナチスドイツのオーストリア併合が噂される中
ムッソリーニは航空相ゲーリングの私邸に招かれた。ゲーリングは
そのとき大きなヨーロッパ地図を展示した。
ムッソリーニはドイツと同じくオーストリアも赤く塗られているのを見て「早過ぎないか」
と指摘するとゲーリングは「いつかはこうなるということです。
私は貧乏でそのたびに新しい地図は買えないので、その日にそなえて・・・」

22
Aが言った。
「最強の軍隊は

アメリカ人の将軍
ドイツ人の将校
日本人の下士官と兵

だな。じゃあ最弱は

中国人の将軍
日本人の参謀
ロシア人の将校
イタリア人の兵

かな?」

Bが答えた。
「いやいや、

イタリア軍の将軍
イタリア軍の参謀
イタリア軍の兵

だろ」

23

コメディアンが舞台の真中でスケッチブックに人物のシルエットを書き始める。
靴から書き始めて、顔を描く段階で、服の襟をやたら大きく描いて、顔が見えない。
コメディアン「頭に”ゲ”が付く人」
観客はクスクス笑い始める。(宣伝大臣のゲッベルスは、小男で、やたら服に凝っていたので)
コメディアン「ゲーテ(笑)」
観客爆笑(ゲーテも小男だが服装には凝っていた)

24

ある田舎道をヒトラーを乗せた車が走っていた。
ある村で、運転手はにわとりをひき殺してしまった。
ヒトラーはみずから農家に謝りに出かけ、賠償金を支払った。

次の村では豚をひき殺してしまった。今度はヒトラーは運転手に
自分で謝りに行くように命じた。

しばらくすると、運転手は両手一杯に食べ物を抱えて戻ってきた。
ヒトラーは不思議に思って尋ねた。
運転手は答えた。
「いや、あっしは正直に言っただけなんですがね。
『俺はヒトラーの運転手だ。いま、ブタをひき殺したぞ!』ってね」
24

第二次大戦中、なんとかしてドーバー海峡を渡りたいと思っていたヒトラー。

ある日、こんなことを思いついた。
「海峡が干上がれば、わが陸軍は歩いてイギリスに行くことができる。そうすれば楽勝だ!」
ヒトラーはノルマンディー沿岸に兵を四つん這いにさせて海水を飲み込ませようと考えた。

その作戦暗号を読み解いたイギリス首相チャーチルはドーバーに兵を集めてこう言った。
「さあ、お国を守る為に、海にむかって小便しろ!」

25

ドイツで姦通罪の女を石を投げて処刑することになった。

罪の定義について延々と議論をはじめ、
最終的には石を投げるという行為は法的にも道義的にも正しいという結論に達する。
つづいて罪人を効率的に処理するために最適な石の重量、寸法、投擲速度および角度について議論と実験をはじめ、
処刑後の死体の処理方法、家族への経費の請求額等全ての細目が決定すると書類にして全員に配布し、
いざ処刑をはじめようとしたら女はとっくの昔に逃げていた

26

「知ってるかい?ナポレオンが赤いマントを着ていたのはな、
自分が流血しても部下にショックを与えないためだったんだとさ」

「それでわかったよ。ヒトラーが何故茶色のズボンを穿いているのかが」

27

ドイツの鉄血宰相ビスマルクは、フランスのシャンパンが好きだった。
あるとき皇帝から「君は愛国者だろう。何故ドイツの物を飲まないのかね?」
と訊かれた。ビスマルクが答えて言うには
「陛下。恐れながら愛国心と舌は別物でございます」

28

ドイツ占領下のパリ
パリの下町の下宿にやってきたナチの将校は下宿のおかみさんに
侮辱的な言葉を投げたのであった。
「この豚小屋いくらで貸すんだ?」
すかさずおかみさんはやり返した。
「そうさね、豚が1匹なら10フラン。2匹なら20フランだね」

29

とあるバーで
日本人「イギリスのプリンス・オブ・ウェールズを撃沈したのは我が国だ」
イギリス人「我が国のスピットファイアはドイツから我が国の空を護った」
ドイツ人「我が国の戦車にかかれば、アメリカの戦車など粘土細工だ」
アメリカ人「我が国の生産力が連合国側を勝利に導いた」

それを聞いたイタリア人
「我が国こそ、連合国側の勝利に最も貢献した国だ」

30

第3次世界大戦が勃発した。ソ連に宣戦布告した国のリストを見たソ連の書記長が
一言
「この戦争は我らの勝ちだ!」
リストの中にはイタリアが含まれていた

31

1941年6月にドイツ軍がソ連侵攻したとき

チャーチル「我が軍最大の味方はヒトラーだ」

32

「ヒトラーはわしの髪の毛をつかんで戦争にひきずりこもうとしておるな。
しかし、幸いわしはハゲておる」ムソリーニ

33

最強の軍隊:アメリカの将軍、ドイツの将校、日本の下士官、ロシアの兵

最弱の軍隊:日本の将軍、ロシアの将校、ドイツの下士官、アメリカの兵

軍ですらない:全員がイタリア人

34

ヨーロッパでは、ナチスの非人道の代表として良く紹介される写真のひとつに、
捕まえたユダヤ人を電車に無茶苦茶に詰め込んでいる写真というものがある。
しかし、この写真は日本ではあまり見かけることはない、なぜか?

日 本 の 基 準 で い う と す い て い る か ら だ

35

あるイタリア人がドイツ軍の捕虜になり、縛り上げられ、拷問にかけられた。
そのイタリア人はどんな厳しい拷問にも屈せず、ついに何も喋りません。

さすがのドイツ軍も根負けして、縛っていた両腕を解いてみると、
とたんそのイタリア人は身振り手振りも軽やかにぺらぺらとしゃべり始めたという。
ドイツ人は顔を見合わせ言いました。「そうか!こいつらは身振り手振りしないと喋れないんだ。」

36

イタリア軍部隊が敵軍と遭遇、指揮官は後方に至急打電をした。

「我が軍は優勢なる敵部隊と交戦中。大至急、チーズ1トン、ハム1トン、 ワイン1万本送られたし。

 なお、余裕があれば砲弾を送られたし。」

37

上官「敵はどこだ」

部下「閣下、それよりも今我々がどこにいるのかを把握した方が……」