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竹取物語考察:難題「火鼠の皮衣」

かぐや姫で有名な『竹取物語』。その中で難題「火鼠の皮衣」に挑んだ阿倍御主人を取り上げます。

 

【阿倍御主人(あべ・の・みうし ?~703[大宝3])】


読み方は「あべのみうし」)。

阿倍氏は孝元帝から分かれた氏族で、飛鳥時代~奈良時代からの有力氏族。この時代には阿倍比羅夫(蝦夷征伐で活躍するも、白村江の戦いの敗将となる)や阿倍仲麻呂(遣唐学生で唐で科挙に合格、従三品まで出世。百人一首「天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」の作者)が活躍している。

父の阿倍内麻呂(倉梯麻呂)は大化改新時の左大臣。

御主人も政権の中枢で活躍。壬申の乱では天武天皇方に付く等の功績を重ね、最終的には500戸の封戸を得る。晩年は右大臣に任命され、臣下の最高位となっている。子の阿倍広庭は中納言まで出世している。

阿部氏は以降勢力が衰えるが、平安時代に子孫の安倍晴明が天文学士(陰陽頭)に任ぜられてから代々この地位に就くようになり、後に土御門家と姓を変えて全国の陰陽師を束ねる存在として君臨、改暦の権限を有するまでになった。明治時代には子爵家に封じられている。
(平安時代初期にいつの間にか「阿倍」→「安倍」に変わっています)


……子孫の安倍晴明があまりにも有名ですが、彼自身をアピールできる大きなネタに、「キトラ古墳」の被葬者の最有力候補である(※高市皇子説もあり)というものがあります。

そう、最近ニュースで頻繁に登場し、今やある意味、仁徳天皇陵や高松塚古墳よりも有名になったあのキトラ古墳です。ちなみに、高松塚古墳の被葬者(の有力候補)は石上麻呂で、彼も難題を出された五人組の一人です。五人中二人が現在でも有名な古墳の被葬者として登場しているなんて、何だかすごいですね。

余談ですが、ニュースでも報道されている通り、ここ最近、両古墳は壁画の劣化が激しくなり問題となっています。時の流れは残酷なものです。


……そんな安倍晴明のご先祖!御主人様に輝夜の出した難問は「火鼠の皮衣」です。

「火鼠の皮衣」は火をつけても燃えない、大陸の南方に棲息すると言われる伝説の生物「火鼠」の皮で作った服のことです。

火をつけても燃えない布……でお気づきの方もいるかと思いますが、この「火鼠の皮衣」、実際には「石綿」。つまり、最近危険性が話題になったアスベストの事だと言われています。

実際に日本で使われ始めたのがいつなのかは判りませんでしたが、石綿製の「火浣布」を平賀源内が発明したのが明和元(1764)年です。あと、東方関係のネタ(嘘)としては「東方見聞録」に同様の特性を持つ「サラマンダーの皮」が出てきますね(というより、当時の西欧では石綿が「サラマンダーの皮」として売られていた様です)。


ともあれ、既述の通り「火鼠」は大陸の南方にしかいない…ということで、入手は非常に困難です。前回の多治比嶋は偽物を持っていくという手段に出たわけですが、この難題に対して阿部御主人の取った方法は、ある意味、更に安直なものでした。

……つまり、「買ってきて貰う」。


当時の阿部家は大金持ちだったらしく、唐の商人にお金を積んで入手して貰うように頼みます。しばらくして、唐の商人がそれらしき物を持参。遠方の入手困難な品物を手に入れるためにいろいろ経費が掛かったという口実で更に追加料金を取ってから「火鼠の皮衣」を引き渡します。
(原文を読むと、このあたりの追加料金を取ったり、本物だと思わせるためのやりとりが如何にも詐欺っぽいです)


その「火鼠の皮衣」を、阿部御主人は自信満々で輝夜姫の所まで持っていったのですが、本物かどうか確認するために火を付けてみると、あっさり燃えてしまいます。要するに、だまされたわけです。

灰となって燃え尽きた「火鼠の皮衣」、そして阿倍御主人の恋。前回も出てきたオチは、やり遂げられなかったので「あへ(阿部)なし」。

おあとはよろしいようで。