文系の雑学・豆知識

歴史、美術、文学、言葉、文化についての雑学・うんちく・豆知識・トリビアを集めたサイトです。気になった記事や文章を個人のメモとして投稿しています

O・ヘンリー『賢者の贈物(The Gift of the Magi)』翻訳全文

一ドル八十七セント。それで全部だ。顔から火の出る思いをしながら、乾物屋だの八百屋だの肉屋だのを値切りに値切って貯めたのである。一ドル八十七セント。明日はクリスマスというのに… 

みすぼらしい小さなベッドへ身を投げ掛けてオンオン泣くより他なかった。咽び泣きからクスンクスンへ、段々、鎮まっていきながら、部屋の中を見まわした。一週八ドルの家具つき貸室。言語に絶するとまでは言い切れないにしても、この部屋の佇まいは、巷の物乞いする人々に対して使われる言葉に相応しい趣だ。

デラは泣きやんで、額に白粉をはたいた。窓に立ってぼんやりと外を眺めた。明日はクリスマス、それなのに夫のジムに贈物をする金が一ドル八十七セントしかない。何か月かの間、一銭の無駄もしないように倹約してきて、この始末である。週に二十ドルは、もともと、少ない収入である。実際の支出は彼女の見積もる予算よりも多かった。ジムに贈物を買うのに、何が一番いいだろうと、あれこれ思い巡らしながら、楽しい時を過ごしてきたものだった。立派な、珍しい、値打ちのあるもの…せめて、いささかでもジムの持物として相応しいようなもの。 

 

さて、この夫妻には、二人が大変自慢にしている品が二つあった。一つはジムの金時計で、祖父から父へ、父から彼へと譲られたものである。もう一つはテラの頭髪である。

今、美しいデラの髪の毛は、褐色の滝のようにキラキラと波打ちながら彼女の腰の周りに垂れていた。髪の毛は膝の下まである。それからデラは、せかせかした手つきで、髪の毛をまた上にかきあげた。一度、彼女は、ちょっとよろめいたが、じっと立っているうちに、擦り切れた赤い絨毯の上に、一粒、二粒、涙が滴り落ちた。                                                      

デラは急いで古い茶色のジャケットを着、古い茶色の帽子をかぶった。スカートをひるがえし、眼をまだキラキラ濡らしたまま、ドアの外へとび出すと、階段を駈けおりて、通りへ出た。

『マダム・ソフロ二イ かつら かもじ 人毛類一式』という看板の見えるところで、デラは立ち止まった。階段を駈けのぼると、息を切らしながら、落ち着こうと努めた。

「あたしの髪の毛を買っていただけますか?」とデラは言った。

「二十ドル」馴れた手つきでデラの毛髪の房をもちあげながら、マダムが言った。

 

その後の二時間はバラ色の翼に乗って飛んで行った。彼女は店から店へとジムに贈るプレゼントをさがして歩いていた。 

やつと見つかった。確かにそれはジム以外の誰のために作られたものでもなかった。どこの店にも、それに似たものはなかった。それは、あっさりした上品なデザインのプラチナの時計の鎖で、いい品物が皆そうであるように、それっきりで他にけばけばした飾りなぞが付いていないところに値打があった。それを見た途端に、デラは、それこそジムのものでなくてはならないと悟った。静謐と高貴―この形容はジムにも鎖にもぴったりしている。鎖に二十一ドル払ったので、デラは八十七セントをもって、わが家へ急いだ。あの時計に鎖をつけたら、ジムは誰の前でも平気で時間を気にすることができるだろう。時計こそ大した物だったが、鎖の代りに革の紐を使っていたので、ジムは、時々人目を避けて時計を覗いていたのだ。 

家へ着くと、陶酔が少し冷めて、理性や分別が入れ代りはじめた。コテをとり出し、ガスをつけ、愛情に加えて気前のよさのために生じた惨害の修繕にとりかかった。

四十分もすると、デラの頭は、小さな、きっちり並んだ捲毛で蔽われ、学校をずるける小学生の男の子に大変よく似た御面相になった。

七時にコーヒーが沸かされ、フライパンはストーヴの上で熱くなり、いつでもポーク・チョップができるように支度が整った。

ジムは、遅かったためしがない。デラは鎖をたたんで手に握り、いつもジムが入ってくるドアの側のテーブルの端に腰をかけた。その時、階段の一段目にジムの足音がきこえ、デラの顔が、ほんの一瞬だけ血の気を失った。

ドアが開いて、ジムが中へ入ってドアを閉めた。痩せて、生真面目な顔付きをしている。可哀そうな男!まだやっと二十二になったばかり―それで世帯持ちときては! そろそろ外套を新調しなければならなかったし、手袋も持たなかった。

一歩部屋の中に足を踏みいれたジムは、ぴたりと動かなくなった。眼はデラの上に釘付けになっていて、デラには読みとることのできぬ表情が浮んでいる。それが彼女を怯えさせた。それは怒りでも、驚きでも、非難でも、恐怖でもなかった。彼は、ただその奇妙な表情を浮かべたまま、穴のあくほどデラを見詰めていた。 

「ジム」彼女は泣声で言った。「そんなふうに見詰めないで頂戴。あなたにプレゼントをしないでクリスマスを迎えるわけにはいかなかったので、髪の毛を切って売ったのよ。髪なんか、また伸びるわ…あなた、気になさりはしないでしょう?だって、ほかに仕方がなかったんですもの。あたしの髪、あっという間に伸びてしまうことよ。メリー・クリスマス!っておっしゃいな、ジム。楽しくしましようよ。あたしが、どんなに素敵な…どんなに美しくて素敵な贈物を買ってあげたか、ご存じないでしょう」

「髪を切ったんだって?」ジムはやっと、こう聞き返した。

「切って、売っちゃったの」とデラは言った。

ジムは、不思議そうに部屋の中を見まわした。

「髪の毛がなくなっちまったんだって?」まるで白痴みたいな顔で訊ねた。

「売ってしまったのよ…売っちゃったから、もうないの。今夜はクリスマス・イヴよ、あなた。あたしに親切にしてくださいな。あなたのために売ったんですもの」

ジムは、途端に我に返った様子であった。デラを抱きしめた。

 

 

ジムはオーバのポケットから包を一つ、取り出して、テーブルの上へ投げ出した。

「勘違いをしないでおくれよ、デラ」と彼は言った。「髪を刈ったり、顔を剃ったり、髪を洗ったりすることで、ぼくの愛情がちょっとでも減るなんて、そんなこと思いもよらんよ。だけど、その包を開いてみたら、なぜ始めにちょっと手間どったか判るよ」 

白い指が手早く紐や紙を引きちぎった。それから、うっとりとした歓声が湧き起こった。しかし、忽ちヒステリックに泣きじゃくる女の声に変り、ジムは一生懸命になって慰めてやらねはならなかった。

そこにあるのは櫛であった―長いことブロードウェイの飾窓の中にあるのを憧れてきた横櫛縦櫛のセットだ。縁に宝石をちりばめた純鼈甲製の美しい櫛―今はなき髪の毛に挿すには、持って来いの色合いである。飛び切り高価なものであることがわかっていたし、単に熱望するだけで、自分のものになろうなどとは夢にも思わずに、憧れていた櫛。

でも、彼女はそれを胸に抱きしめ、やっと潤んだ眼をあげて、微笑みながら言うことができた。「あたしの髪、すぐに伸びてよ、ジム」


ジムはまだ彼に贈られた美しいプレゼントを見ていなかった。デラは、それをのせた掌を、そっとさし出した。鈍い色を放っている高価な鎖は、デラの熱烈な輝かしい魂を反射して閃きわたったように思われた。

「洒落てるでしょう、ジム。町じゆう探し歩いて見つけたのよ。あなた、もうこれで一日に何回でも時間を見られるわ。時計を貸して頂戴。どんなに映るか、見てみたいのよ」 

頼みに応じる替わりに、ジムはベッドへひっくり返り、頭の後へ手をやって、微笑した。

「デラ」と彼は言った。「僕達のクリスマス・プレゼントを片づけて、しばらく、そっと仕舞っておこうよ。今すぐ使うには、あまり勿体なすぎる。きみの櫛を買うために、金が要るんで、あの時計を売っちまったんだよ。さあ、チョップを出してくれないか」

 

最後に一言…どんな贈物をする人々よりも、この二人こそ最も賢明なものであったということを、現代の最も賢明な人々に向って言わしていただきたい。プレゼントをやりとりする人々の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢明な人である。彼らこそ「賢者」なのだ。