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中国の不思議話集『聊斎志異(りょうさいしい)』の面白いネタをピックアップして紹介

1600年頃に聊さんの斎(書斎)で書かれた思異(不思議話)を集めた本。もちろんフィクション(仙人とか仙女とか道士とか妖鬼とか)だが、当時の人は本当のことだろうと信じていた。

それでも物事に対する考え方や、そのなかで語られる処世術や処世訓は現代日本人にも大いに参考になる。

以下本文。

 

ふしぎ話その283改

 

幽鬼の酒令

 

教諭の展てん先生は、闊達で名士の風格があった。が、酒癖がわるくて、羽目を外してしまうのだった。

 酔っぱらって帰ってくると、いつもきまって本殿ほんでんの階きざはしの上で馬を馳せた。そこには柏の古木がたくさんあった。

 ある日、馬にまかせて乗り入れ、樹にぶつかって頭が裂け、「子路がわたしの無礼を怒って、頭を撃ぶち割ったんだ」と言いのこして、夜中に死んでしまった。

 県城の某乙それがしが、あるところに行商に出かけて、夜、古寺に泊まった。

 夜も静まって人影もなくなったころ、いきなり四、五人のものが酒をもってはいって来て飲みだし、展もそこにいた。そこで某乙が近寄って挨拶を交わし、理由を尋ねれば、南方で法事があるのだが、時が迫っているので昼夜連行で向かっているのだという。自己紹介が済んだところで某乙も交じって酒宴となった。

酒が何回かまわると、あるものが文字を酒令にして、

 「 田という字は 締まりよく、

  十という字が はいってる。

  十という字を 上へ推しゃ、

  古という字で 一杯貸した」

と言うと、ひとりが言った。

 「 回という字は 締まりよく、

  口という字が 入ってる。

  口という字を 上へ推しゃ、

  呂という字で 一杯貸した」

と言うと、ひとりが言った。

 「 困という字は 締まりよく、

  木という字が 入ってる。

  木という字を 上へ推しゃ、

  杏という字で 一杯貸した」

つぎのひとりが、

 「 囹という字は 締まりよく、

  令という字が 入ってる。

  令という字を 上へ推しゃ、

  含という字で 一杯貸した」

と言い、次に某乙が言った、

 「 という字は 締まりよく、

  不という字が 入ってる。

  不という字を 上へ推しゃ、

  否という字で 一杯貸した」

最後に展になり、脳みそをしぼっても出てこない。某は笑って、

「降参なら罰を受けろよ」

と言って、さっそく盃をつきつけた。すると、展は、

 「できたぞ。

  曰という字は 締まりよく、

  一という字が 入ってる。」

と言った。みなが笑って、

「推すと何になるんだい?」

と言うと、展はぐいと飲み干して言った、

 「 一という字を 上へ推しゃ、

  一口にあおる 大杯だとさ」

 みなで腹を抱えて笑い、ほどなく一礼して別れた。

 某は展が死んだのを知らなかったので、内心、退官して帰って来たのかな、と思っていた。が、県城にもどってたずねてみれば、展がずっと前に死んでいたから、そこで初めて出逢ったのは幽鬼だとわかったのだった。

ふしぎ話その368改

 

飛び去った牛

 

四川の人、晋は一頭の牛を買い求めた。大変元気のいい牛であった。ある夜、晋は、その牛に両方、翼がはえて飛び去った、という夢を見た。縁起が悪いと思い、なくしてしまうのではないかと疑った。そこで街へ引いていって、元値を損して売ってしまった。その金を手ぬぐいに包んで、腕に結びつけて帰ってきたが、帰り道を半分ほど戻ったところで、鷹がウサギを食い殺しているのを見かけた。鷹が夢中になっているので捕らえてやろうと近寄ってゆくと、たいへん手慣れたもので、手ぬぐいの端でその脚を結び、また腕に掛けた。

 鷹はしきりにバタバタ羽ばたいたので、ついに結び目がゆるくなり、牛の代金ごと飛び立っていった。晋は夢が正夢だったのだと驚き悩んでいたが、運命には逆らえないものと諦めたきり忘れてしまった。

あるとき晋は五羽の鶏を買い求めた。大変元気のいい鶏であった。ある夜、晋は、鶏が自分の体をついばんで食い尽くしてしまう、という夢を見た。これは縁起でもないと思い、鶏が疫病でも流行らせるのではないかと疑った。そこへ晋の鶏が良質なのを見た某乙が、高値で売ってくれと頼んできたが、晋は金もとらずに与えてしまった。某乙は養鶏がうまく、あっというまに数を増やした。ある日、某乙が晋のところへ十羽の鶏と五十の鶏卵を持ってやってきて、礼として置いていった。晋はすぐさま市場でこれを売ったが、もとの三倍の値がついた。晋がこれをヒントに低利で金貸しを始めたところ、事業は大成功して一躍富豪となったのだった。

 思えば運命からは逃れられぬ定めであるかのようだが、無欲と利他とをもって向かう人には運命さえも手出しができないのである。地獄の閻魔といえども、そのような人を責めるということがどうしてあろう。

ふしぎ話その370

 

嘘をつく才

 

≪ちょう≫というものがいた。家に生業がなく、いつも他処よそへ出かけて行って人相占いの術を売っていたのだが、実はそんな心得はなかったのだ。だのに、数ヶ月してもどって来ると、金や絹が旅嚢にいっぱいだったから、みな不思議に思っていたのだった。

 たまたま近所のものに、他処へ旅をしたものがあった。立派な邸のなかで、道士頭巾をかぶった男が、とうとうとまくしたて、大勢の女たちがそれをとりまいているのを遙かに見かけた。近寄って見てみると、なのだった。そこで、こっそりどうするのかうかがった。と、

「わたしたちみんなのなかに、奥さまがいらっしゃるんだけれど、見わけられて?」

 と聞くものがいた。おそらく、しかるべき婦人がこのなかにしのび姿でまじっていて、の術をためそうとしているのだろう。近所のものは、のために気をもんだ。が、は落ち着きはらって空を望み、指を横ざまにのばして、

「それは容易たやすいこと。身分のあるかたの頭の上をご覧じませ、雲気がとりまいているものですじゃ」

 と言った。みんなの目はその雲気を見ようと、思わず中のひとりに注がれた。そこで、はそのひとを指して、

「そのかたこそ身分のあるかたですじゃ」

 と言った。みなは驚嘆して、神わざのようだ、と言った。

 近所のものは、帰郷すると、の狡知の話をしたものだ。

 されば、盗みといえども、またひとにすぐれた才がなければならぬのだ。さもなくて、なんでひとの目や耳をあざむいて、金銭をかせぎ、資本もとでもなしにふやすことができようか。

ふしぎ話その388改

 

竜と蛆うじ

 

山東省の出身の王という軍官が、琉球へ使者に立ったときのこと。

 船が海上を航行していると、出し抜けに雲端から一匹の大きな白竜が落ちてきて、轟音とともに数丈もの水しぶきを上げた。白竜は、力なく半ば浮き半ば沈んで、首を仰向けて船であごを支えると、半目を閉じて、心ここにないかのようであった。乗っていた者はみな肝をつぶし、櫂を止めたままぴくりともしかねていた。と、船頭が言った、

「これは空で雨を降らせて疲れた竜でございます。」

 王は、詔勅を上に懸け、香をたいて皆で祈った。しばらくしてはっと気づいたかとおもうと、白く黄金に光る身を翻して悠然として再び空へと立ち去った。

 船が進んでいくうちに、また一匹の白竜が落ちてきて、前のとそっくりおなじように、あごを船に乗せて休んでから、空へ帰りざまに言った。

「この先は海竜の巣窟だ。引き返すがよい」

と。

 そんなことがあってから、翌日、船頭は白米をたっぷり用意させると、帰ろうと促す者を制止して

「もうじき清水譚です。もしなにか見たら、ひたすら米粒を水に投げこみ、ひっそりして騒がぬよう」

 と言いきかせた。

 やがて、あるところまで来た。水が澄んで底まで透きとおっている。そこには竜が群れをなしていた。五色で、盆のごとく瓶のごとく、どれもこれもみんなこちらを睨んでうずくまっている。体をうねらせているものは、鱗や鬣や爪や牙がありありと数えられた。乗員は気も魂も失せ果てて、息をころしまぶたを閉じたきり、のぞいてみようとせぬばかりか、身動きすらもできぬのだった。ただ船頭だけが、米をにぎって自分で撒いた。そのうちに、海波が深い黒みを帯びてくるのを見て、やっと咽喉から声が出るようになったのである。そこで、米を撒いたわけを聞くと、こたえて言ったのだった、

「竜は蛆を畏れるのです、ウロコに入られては、と思いましてね。白米は蛆に似ていますから、竜は見ると身を伏してしまい、船がその上を通っても害がないわけなんです」

ふしぎ話その376

 

俗根

 

楊大洪先生は名を漣れんというが、微賤のころに楚に名の聞こえた学究となり、自身非凡と自負していた。

 科挙試の後、合否を報せる使者が来ていると聞き、食事の最終だったので、口にふくんだまま出て行って、

「合格者名簿に楊大洪は載っているか?」

と聞き、

「いいえ」

と答えられると、おもわずがっくりと自失してしまい、呑み込んだものが胸につかえて、とうとう病塊しこりになり、食べるとつまってたいそう苦しむようになった。

 みなは補欠試験を受けさせようとすすめたが、公は金がないのを気づかった。そこで、みなが十金を出し合って持たせて送り出し、やっと体に無理をして旅に出たのだった。すると、夜、だれやらが夢枕に立って、

「行く手にきみの病気をなおせるひとがいるから、ぜひにとおすがりするがよい」

と言い、行きがけに詩を贈ってくれたが

 

 江辺の柳下に三たび笛を弄す、

 江心になげうち向くるも嘆息するなかれ。

 

という句があった。

 翌日の道中で、はたして道士が柳の木かげに坐っているのを見かけたので、さそく叩頭して乞うた。

道士は笑って、

「おまちがいじゃ、手前になんで病気がなおせましょうぞ。笛を三度吹いてくれとおっしゃるのならよろしいが」

 と言うと、笛を取り出して吹いた。公は夢に見たことに思い当たり、拝礼をしていよいよ熱心にせがみ、かつ、財布の底をはたいて献上した。道士は金を受け取ると、長江に投げ込んだ。公は、容易にできた金ではないので、唖然として驚き、もったいないと思った。と、道士は言った、

「きみはまだとらわれておいでだの? 金は江辺にありますでな、さあ、取っておいでなされ」

 公が行って見てみると、ほんとにそうだった。で、またいっそう奇異に思い、道士を仙人と呼んだ。すると、道士はあらぬ方を指して、

「わたしは仙人ではありませんじゃ、あそこに仙人が来られましたぞ」

 と言う。だまされて公が振り返ったとたん、公のうなじを力いっぱいたたき、

「俗じゃのう!」

 と言った。公はたたかれたはずみに、口をふくらましてうめき、咽喉からなにやら吐き出した。地に落ちてべたっと固まっている。うつむいてそれをつぶしてみると、血の糸の中に飯がつつまれてまだあって、病気はけろっとなおっていた。振り向いたときには、道士はもう影も形もなかったのだった。

 

異史氏曰わく---

 公が俗たるをまぬかれることができず、天仙にならなかったというので、公のために惜しむものがいるが、いつまでも生き続けて不死の身におなりになる要があろうか! わたしは思う。天上に一人の仙人がふえるよりも、この世にひとりの聖賢がふえるにしくはない、と。こころあるものはきっとわたしの説があやまっているとは論ずまい。

ふしぎ話その389

 

秘法盗み

 

長安の士人賈子竜かしりょうが、たまたま隣港となりまちを通りがかったおり、風格の瀟洒しょうしゃな他郷者よそものを見かけた。聞けば、咸陽かんようで下宿住まいをしている、真というものだった。賈はそのひとがらに魅了された。

 翌日、出かけていって刺を通じたが、あいにく留守だった。およそ三度会いに行ったけれども、いつもかけ違った。そこで、こっそり人をやって家にいるのを見届けさせてから訪れると、真は隠れて出てこなかったが、賈に探されてやっと出てきた。ところが、膝を交えて談を傾けるにおよび、大いに理解し合って互いに喜んだのである。

 賈は、下宿の者に言って、童僕こどもに酒を買ってこさせた。真はまた飲いける口で、あかぬけした諧謔かいぎゃくをこなし、すこぶる愉快だった。酒がおつもりになりかけると、真が小さな籠を探って酒器を取り出した。玉のさかずきで底がない。が、一杯の酒をそれに注ぐと、はやなみなみとあふれそうになり、小さな杯ですくって酒壺に入れても、全然減らない。賈はふしぎふしぎと、その術を教えてくれるようしつこくせがんだ。真が、

「わたしが会いたがらなかったのは、君には他に短所とて無いが、ただ貪欲な心がまだぬぐわれていないからだったのだ。これはなにをかくそう仙家の秘術、とうてい教えてあげるわけにはいかないよ」

 と言うと、賈は、

「言いがかりだ。わたしがなんで貪欲なものか。ひょっと不相応な望みがきざすのは、ひとえに貧乏のせいさ」

 と言い、どっと笑ってお開きにしたのだった。

 以来、間断なく行き来して、すっかり許し合う中になった。賈の暮らしが行き詰まると、いつも真は一塊の黒い石を取り出し、それをふっと吹いてまじないを唱え、それで瓦や小石をこする。と、たちどころに化して銀になり、その場で賈に贈ってくれるのだったが、かつかつ用に足りるだけで、余ったためしがなかった。賈は始終もっとくれと言った。が、真は言うのだった、

「きみを貪欲だっていったっけが、ほれ、どうだ?」

 賈は、口でむきつけに言ったんじゃもらえっこない、酔いつぶれたのに乗じ、石を盗んで要求せびってやろう、と思った。

 そこで、ある日、飲んで休んでから、賈はこっそり起きだして、真の衣底に手をいれて石を探った。すると、真が気づき、

「きみは正真正銘正気を喪っている。いっしょにはいられない」

 と言うと、別れのあいさつをし、住居をかえて行ってしまった。

 それから一年余りして、賈は河畔に遊んだ折、きらきらと美しい一つの石を見つけた。真の持っていた石に瓜二つだった。そこで、それを拾って、宝物のように大切にしまっておいた。

 すると、四、五日して、真がひょっこりやって来た。なくしものでもしたように落胆がっかりしている。賈がなぐさめると、真は言った、

「きみがいつぞや見たのは、あれこそ仙人の練金石なんだ。以前、抱真子ほうしんしのもとに遊学していたとき、あの方が融通のきかぬわたしを憐れんで、あれを贈ってくださったんだ。酔ったまぎれになくしてしまい、内密に占ったところ、きみのところにあるはずだと出た。もし返してくれたら、恩返しを決して忘れないよ」

 賈が笑って、

「わたしはこれまで友達をだましたことはない。まったく占いのとおりさ。だが、管仲の貧乏を知ること鮑叔にしくものはなかったが、さて、きみはどうだろう?」

 と言うと、真は、百金贈らせてもらおう、と言った。

「百金は少なくはないが、ひとつ、わたしにまじないを教えてくれたまえ、一度自分でやってみたら気がすむからさ」

しかし、真はあてにならぬのを恐れた。

「きみが仙人であるからには、この賈某が朋友を裏切ったりしっこないってことがどうしてわからないんだ」

 賈にそう言われて、真はまじないを教えた。賈は、石畳の上に大きな石があるのを見かえり、それに試してみようとした。が、真がその腕を抑えて、近寄らせない。そこで、賈がうつむいて半分になっている敷き瓦をひろい上げ、砧の上に置いて、

「この程度なら多くはあるまい?」

 と言うと、真は承知した。ところが、賈は敷き瓦をこすらずに砧をこすった。真が顔色を変えて取り上げようとしたときには、砧はもう化して純銀づくりになっていた。石を真に返すと、真は嘆じて言った、

「こうなった以上は、もうなにも言うまい。けれども、みだりにひとに福禄をもたらしたかどで、きっとわたしは天譴にみまわれる。もしわたしを罪からまぬかれさせる気があるのなら、棺桶を百個、綿入れを百着施与してくれたまえ。やってくれるかい?」

「わたしが銭を欲しがったのは、もともと溜め込んでおきたいからじゃない。きみはまだわたしを守銭奴だと思っているのか?」

 そう賈が言うと、真はよろこんで立ち去った。

 賈は金ができると、施与したり商ったりして、三年たたぬうちに、施与した額がはや満ちてしまった。

 すると、不意に真がやってきて、手をにぎって言った、

「きみは信義のひとだな。別れてから、福の神に天帝へ奏上されて、仙籍を削られてしまったんだが、きみが博く施与してくれたおかげで、今度、功徳によって罪を消された。どうかせいぜい勉めて、これからも止めないように」

 賈が、天上のどういう職掌にたずさわっているのか、と聞くと、

「わたしは、ほかでもない、有道の狐なんだ。出身がいたって微賤で、罪障にはひとたまりもないから、そこで、これまで自重して、これっぱかりもでたらめをせぬようこころがけてきたのさ」

 と言った。賈は真のために酒席を設け、以前のようにたのしく酌みかわした。

 賈が九十の余になっても、狐はまだよくその家にやってきたものだった。

 

(この話は仙界の掟と目的がよくわかる話である。仙人が人間の前に姿を現さないのは、会えば人間の貪欲を身に受けることがわかっているからであり、簡単に願いをかなえたりしないのは、自助努力によって救われなければ意味がないからであり、仙人によって持っている力が違うのは、真のような失敗しやすい仙人が大きな力を持つことは危険だからであろう。このように解せば、真がみだりに財を与えて福の神が上奏して天帝から罪を与えられたことも、賈の努力で罪を消されたことも説明がつく。してみれば、欲から離れた真人が、特殊な仙術に長けているということにも合点がいく。天帝は無為無欲ならば人間だろうと狐だろうと善しとするということである。たしかによくできた設定だが、私はこう言うだろう。天帝、仙人、仙界なるものは、あると思えばあるし、ないと思えばない。つまり各人が作り出す幻想(いずれの答え方にせよ欲の産物)の域を出ないものだ、と。)

ふしぎ話その254

 

八大王はちだいおう

 

甘粛カンスー省の馬マーという名の生員せいいんは、実は貴族の子孫なのだが、落ちぶれてしまっていた。

 すっぽん漁師に、馬から金を借りてかえすことが出来ず、すっぽんをとるときまって持ってくる者がいた。

 ある日、すっぽん漁師が大きなすっぽんを馬のところへ持ってきたが、額に白点があった。馬は、それが風変わりなので放してやった。

 その後、婿の家からの帰りがけに、黄河のほとりまで来たところ、日がとっぷり暮れ落ちてしまった。見ると、ひとりの酔いどれが、しもべを二、三人従えて、よろめきながらやって来る。そして遠くから馬を見かけて、

「だれだ?」

ときいた。馬は出放題に、

「通行人さ」

と答えた。

酔いどれは怒って、

「名前がないのかよ?通行人たぁなんて言い草だ!」

と言った。

馬は道を急ぐので気がせいていたから、相手にならず、さっさと行き過ぎようとした。すると、酔いどれはますます怒って、やらじとばかり袂をつかんだ。酒の臭いがぷんぷんした。馬はいよいようんざりしたが、いかに藻掻いても逃れることができなかった。

馬が

「おまえはどこのどいつだ?」

ときくと、まわらぬ舌でこたえて言った。

「わしは南都の元の県知事だ。ならばどうする?」

「世の中にこんな県知事がいるなんて、天下をこけにするにもほどがある! 元知事だったのがもっけの幸い、もし新知事であろうものなら、権力に任せて通りかかるやつ皆殺しにしちまってたこったろう!」

これを聞いて酔いどれは激昂して、あわや腕力沙汰におよぼうとした。馬は大口をたたいて、

「この馬某がなぐられておろうか!」

と言った。酔いどれはこれを聞くと、怒っていたのが打って変わって大にこにこ、よろよろっとひざまずき、拝礼をして、

「さてはわたしの恩人でいらっしゃる。とんだ失礼をいたしました!」

と言うと、立ち上がって従者を呼び、先に帰して酒の用意をさせた。馬は辞退したが断れなかった。手を取られて数里いくと、小さな村があった。

 やがて、中へ通されたが、つくりがきらびやかで、貴人の館のようだった。

 酔いどれの悪酔いがいくらか治まったので、馬は初めて姓名を尋ねた。すると、

「申し上げても驚いてはいけません、私は桃水の八大王なのです。たまたま西山の仙人から酒宴に招かれ、思わず酔いをすごしてふらちをはたらき、お恥ずかしい限りです」

 と言った。馬は化物とわかっても、そのものごしが鄭重なので、恐くはなかった。と、宴席がにぎにぎしくしつらえられ、膝をまじえて楽しく飲んだ。八大王はきっての酒豪で、たてつづけに何杯も干した。馬は、八大王が酔い直してまたからまれては、と恐れ、酔ったふりをして、寝かせてほしい、と頼んだ。八大王ははやくも馬の意中を察して、笑いながら言った。

「あなたはわたしの狂態を恐れておいでなんでしょう? ひらにご放念いただきたい。およそ、酔いどれが羽目を外しておいて、一夜明けるとからきし覚えていない、というのは、ごまかしにすぎません。酒飲みの無茶は、十中の九までがわざとやっているのです。わたしはあなたがたのお仲間ではないが、さりとて、まだ長老に狼藉をはたらいたことはありません。だのに、どうしてそうもお拒みなさる?」

 そこで、馬がまたすわり、威儀を正して、

「自分で分かっていながら、どうして行いを改めないのです!」

と諌めると、八大王は言った。

「わたしは県知事をしていたころ、酒浸りが今日の段ではありませんでした。上帝のお怒りに触れて島送りになってからというもの、以前の行いを改めようと努力してきて、十年あまりになるのです。ところが、今では年老いて棺桶にもう片足をいれており、老いぼれて一旗あげることも出来ぬところから、元の木阿弥になってしまって、われながらあきれております。ありがたくご忠告にしたがうとしましょう」

 話に気をうばわれているうちに、遠くの鐘がなりだした。と、八大王は立って馬の腕をとり、

「たまゆらのご縁でした。貯えにこういう物がありますから、これでいささかご厚恩に報いましょう。これはいつまでもおみ持ちになってはいられませんから、思いがかなったら、きっと返してください」

と言った。そして、口の中から、わずか一寸あまりの小人を吐き出した。そして、爪を馬の腕に立てた。膚が割けるように痛かった。すばやく小人をその上に押さえつけ、手を放したときには、もう皮の中にはいり込んでいたが、爪の後がまだ残っていて、次第に盛り上がり、しこりのようになった。驚いて聞いても、笑って答えず、一言、

「さぁお出でなさい」

と言って馬を送り出し、八大王は引き返して行った。

振り替えると、村や館は跡形もなく、ただ一匹の大きなすっぽんが、のそのそ水に入っていって姿を消した。しばらくあっけにとられていたが、もらったものはさだめしすっぽんの宝だろうと思った。

 それ以来、目がすばらしく見えるようになり、およそ宝物のあるところは、地面の下でもみんな見えた。それまで知らない物でも、ひとりでに口が動いてその名が言えるのだった。寝室の中から数百金もの隠し金を掘り当てたので、暮らし向きがすこぶる豊かになった。そのうちに、古い家を売る人がおり、馬はその中にどれほどとも知れぬ隠し金があるのを見て、大金を出して買い受け、そこに住んだ。それからは王侯と肩を並べるほどの財産家になった。

--中後略--

異史氏いししがいうには、醒めては人のごとく、酔ってはすっぽんのごとし、というのが酒飲みの大部分である。だが、けだし、すっぽんは日々に酔い狂うのがならいとなっていても、恩を忘れもせず、長老に礼を欠くこともなかったのだ。人間たちに遥かにたちまさっているではないか! だれかのごときは、醒めては人に及ばず、酔ってはすっぽんに及ばず、である。古人は亀鑑は吉凶を占うものと言ったが、どうして鼈鑑と言わぬのだろう? そこで「酒飲みのうた」を作った。そのうたは-

 

一物あり。心を楽しませ口に合い、飲めばとうとうたらりと甘い眠りに落ちる。名を「酒」という。その種類はいたって多く、功を立てはじめてからすでに久しい。これを酌んで、よき客人と宴を催し、父や舅を招き、膝を抱えてうちとけ、盃ごとをして夫婦となり、あるいは「詩を釣る鉤」とされ、また「愁いを払う箒」とされる。

 されば、酒妖がしきりに訪れては、風流の士の親友となり、酒郷(酒に酔って詩を書く名人)の深みこそは、詩人の世をのがれる隠れ家なのだ。

 盛んな宴を張るにいたっては、酒器ほどありがたいものはない。かつては、ある斉の臣は一石の酒がのめるといい、ある学士もまた五斗のめると称した。

 すなわち、酒はもちろん人によって伝わるのであるが、人は時には酒によって醜(ぶざま)にもなる。

 帽子を吹き落とされた孟嘉215や、いつも酒樽を抱えて車に乗り、飲みすぎて死んだらそこに埋めてくれといって鋤を荷わせた伯倫のような者がいたし、山公は馬に逆さに乗って帽子を逆さにかぶって人にその容姿を誇り、邦沢の知事は帽子で酒を漉した。

 人妻の傍らに熟睡して、他意の無いことがわかったり、頭を墨汁で塗らして筆をとっては神の助けがあるかのような文を書いたりする。酔眼もうろうとして井戸に落ちて死ぬ者も出るし、酒を盗みに燐家に入って酒樽の前で酒番に縛られる臣もあらわれる。甚だしくなると、囚人のように裸足に枷をつけて車座になって飲んで世を茶化しもするが、それでもまだ、物性をそこなうわけでもなければ人性を失ってもいないのだ。

 雨の宵、雪の夜、月の旦、花のあしたに、風がおさまって塵も立たぬおりふし、老客とうら若い女支が相逢うて、靴と履とが入り乱れ、蘭や麝香のかおりがたちこめて、明月・清風を馳走に、小声でくちずさみながら軽く酌む。そこへたちまち清商215がおこるや、寂として人の気配も呑まれてしまう。やがて、風雅に諧謔を弄すれば、言々句々、談論の美しさは歯から花が散るようであり、高らかに吟弄すれば、珠玉を打ち合わせ黄金を打ち鳴らすがごとく声調が見事である。かくては、陶然として大酔せずにはおれぬこととなるが、それでも魂は清くて夢は真なのだ。果たしてそうであれば、朝な朝なに酔おうとも、名教の怒るところではあるまい。

 しかるに、不風流に騒ぎたて、垢ぬけせぬ言葉がひきもきらず、足ったり座ったりやかましくいさかい、とうとうとまくしたてて陣を張る。わずかなことでめくじらをたてて、あわや刃を投げつけんばかりになったり、首を伸ばし眉をひそめて、耽鳥毒を飲みでもするように杯を口に当てたり、はては、吸い物をひっくり返して盃を砕き、灯をなぎ払って残りの灯かりを消してしまったりする。緑佳酒・葡萄の美酒も、惜しげもなく転がし放題。とど、眠り上戸と怒り上戸は制令で禁じられる。こんな酔い心地になるのなら、飲まぬにこしたことはない。

 また、咽喉もとから一寸の手前まで酒をもってきていながら、まわらぬ舌でぶつくさぶつくさ、いつまでも主人のケチなのを謗っているし、座ったまま帰るといわず、さりとて飲もうにももう飲めず、酒客の品のないこと、ここにいたって鼻もちならぬものとなる。

 はなはだしきは、気狂い水のもと、客気にかられて粗暴になり、厳めし顔でもろ肌ぬぎになって地団駄を踏む。満面もうもうと塵にまみれ、反吐がべっとり裾をぬらし、口ではきゃんきゃんと吠えたてる。髪はざんばらで奴さながら。その地に叫び天に喚ぶありさまは、李郎が放漫無礼に肝臓吐いて憤死したのもかくやとばかり、その手を振り上げ足をばたばたさせるありさまは、蘇秦が牛車に裂かれたのもかくやとばかりである。

 舌に蓮をはやしたかのように口の上手な者でも、そのていたらくを言い尽くすことはできず、灯前に影をとるかのように絵の上手な者でも、それを描くことはできない。

 父母は膝詰めで諭して逆らわれ、妻子は弱くて父母の援護もやり難い。時に父の親しくする良友にたよれば、いわれなく酔いどれから罵られる羽目になる。さらばと、遠回しに警めればますます目がくらむばかりである。これは「酒凶」というものであって、救うべくもないのだ。

 が、酒の酔いをさます術がただ一つある。

 その術とはいったい何か? 一本の棒しか要らぬ。豚を斬り殺すときそのままに、そいつの手足をひっくくり、頭を傷つけぬようにして、尻にばかり辛き目をみせ、百回あまりもぶったたけば、はっとばかりに醒めるであろう。

 

(異史氏は酔っぱらいになんぞ怨みでもあるのだろうか。それはともかく、私からは気持ちよく酒を飲むときのコツを紹介しよう。笑い上戸泣き上戸というが、いずれもどんな種類でも酒の量と感じ方を誤らなければ大丈夫だ。酒を一口ごくりとやって、ノドを通過して腹に落ちたら、胃がほんのり火照ってくる感じを楽しむ。心地よい火照りが薄らいだら、もう一口だ。くれぐれもここで何も分からず一気のみなどするものではない。酒がもったいないし、悪酔いしかしないだろう。そのうちアルコールが吸収されて、脳に回ってくると、ほどよく意識が薄らいでくる。酒は一種の活動不能剤だから、それでよい。気分が大らかになって、なんでも許して受け入れる大河のような広く心地よい気分になってくる。ところで、ここから先の酒の量はこの大河の流れの速さに比例する。流れのゆったりなうちに制限しつづければよいが、流されてしまえば止めどなく呑んでしまって泥酔自失するに至る。酒の飲み方のコツは、この大河との付き合い方にこそあるのだ。大河を友としうまく乗りこなして、諧謔でも交えて自分も相手も気持ちよく呑むのが正解だ。量やペースを無理強いする者は、何も分かっていない。大河を恐れ流されて自分も相手も害することのないように留意されたい。体調にもよるが、いちど泥酔してみて次の日に死ぬかと思うほど苦しい二日酔いを経験してみればよい。それで自分に合った呑み加減というものがハッキリと感覚で分かるだろう。気ままな楽しい気持ちの中でも一本筋を通して、これ以上は呑むまいと自分を制御できるかどうかが最大のミソである。味にこだわるのは、これができるようになってからでよい。自棄酒はお勧めしない。酒に失礼というものだ。やけを起こしたときは、ブッダか老子でも読むほうがよい。また、不思議なもので、酒の種類よっても酔い心地は異なる。上質の酒ほど、酔っているようで酔っていないような不思議な気持ちに引き込まれるものだ。一度こういう酒に出逢えば、いかにまずい酒でも飲み方を失敗するようなことはない。)

 

ふしぎ話その155

 

受験生の心理

 

王子安は山東省の名士ながら、郷試ではいっこう芽が出なかった。

 そこで、試験を受けて帰ってくると、今度こそは、と期待すること切なるものがあった。

 発表が迫ったとき、痛飲してぐでんぐでんに酔っぱらい、帰ってくるなり寝室で寝てしまった。

 と、だれやら、

「合格を報せる早馬がまいりました」

と言うものがある。王はよろよろ起き上がって、

「祝儀を十貫おやり」

と言ったが、家人は王が酔っぱらっているものだから、だまして

「安心しておやすみなさいまし、もう祝儀はやりましたから」

と気休めを言った。そこで、王は眠った。と、またもやだれやらがはいって来て、

「あなたは進士に合格しましたよ」

と言う。王が、

「まだ都へ行っていないのに、及第するわけがないが」

とひとりごつと、

「お忘れですか? 三場はすんだんですよ」

と言う。王は大いによろこび、立ち上がって叫んだ。

「祝儀を十貫おやり」

家人はこれもさっきのようにごまかした。

またしばらくして、だれやらがあわただしくはいって来て言った、

「あなたが殿試で翰林かんりんになったって、長班ちょうはんがここに来ています」

はたして、二人のものが寝台の下で拝礼をしていた。衣裳やかぶりものが清潔で整っていた。王は酒食をもてなすようどなったが、家人はまたぞろだまして、かげで王が酔っぱらっているのを笑っていたのだった。

そのうちに、王は、表へ出て行って郷里の者にひけらかさなけりゃ、と思い、大声で長班を呼んだ。およそ数十回も呼んだのに、こたえるものがない。家人は笑って言った。

「しばらく寝て待っていらっしゃい、探してみましょう」

すると、ややあって、長班が家人の言ったとおりもどって来た。王は寝台をたたき、足をふみならしながら、頭ごなしにきめつけた、

「まぬけめ、どこへ行っていたんだ」

長班は怒って言った、

「貧乏書生のやくざ野郎!さっきはお前をからかっただけなのに、むきになってどやしつけるのか」

王はかんかんになり、がばとはね起きて撲ってかかり、その帽子をたたき落とした。そして、王の方も足を滑らして転がった。妻がはいって来て助けおこし、

「ずいぶんお酔いになったこと!」

と言う。王が、

「長班がなまいきだからこらしめてやったんだ。酔っているものか」

と言うと、妻は笑って言った、

「この家には、昼間あなたに炊事をしてさしあげ、夜分あなたに足を温めてさしあげているこの婆が一人いるきりですのよ。どこの長班があなたみたいな貧乏人にお仕えするものですか」

息子や娘たちもみな笑った。王は酔いもいくらか醒め、はっと夢から正気づいた心地になって、初めてこれまでのことが虚妄うそだったと悟った。けれども、まだ長班の帽子の落ちたことをありありと覚えているので、戸口の裏手まで探していくと、盃ほどの大きさの、紐のついている帽子を見つけたから、みなみないぶかったことだった。

王は苦笑いをして言った、

「昔の人は幽鬼に揶揄 やゆされたが、いまわたしは狐になぶられたんだな」

 

異史氏曰わく、

 王子安の方寸の中が、たちまちにして千々に変化するので、たぶん、幽鬼や狐がとうのむかしからかげで笑っており、それで酔っぱらったのを幸い、からかったものであろう。妻は酔ってはいないのだから、唖然として失笑するのも当然だ。

 考えてみれば、合格の醍醐味は瞬時にすぎない。翰林の諸公にしてからが、二瞬時か三瞬時を経過するだけのこと。子安は一朝にしてそれをすっかり味わった。してみれば、狐の恩たるや合格させてくれる試験管に等しいというものだ。

 そこそこ才のあるものが科挙を受験すると、七つのものにそっくりになるという。

 試験場に入場するときは、裸足のうえに、三日二夜を過ごすためのカゴを提げていて(科挙試は三日間で実施される)、乞食にそっくりである。

 試験が始まり点呼がはじまるや、役人は叱咤する、属吏は毒づくで、囚人にそっくりである。

 号舎に落ち着くや、どの部屋からも首や足をのぞかせていて、初冬の凍える蜂にそっくりである。

 試験場を出たとなると、精神は茫然自失、目の色も失せてしまって、カゴから出た病鳥にそっくりである。

 合格の知らせを待ち望んでは、草木の葉擦れにも胸をどきどきさせて、寝ての夢も覚めての想いも幻で、夢に合格しては豪華な館ができあがり、夢に失格しては骸骨が朽ち果てる。いつもそわそわしていて、繋がれた猿にそっくりである。

 忽然と駛馬が来て合格を他人に知らせているのに、その合格通知書に自分がない。そうなると、さっと顔が青ざめ、死人のごとく消沈してしまって、毒をくらったハエにそっくりである。顔前で手を振っても気づかない。

 いくぶん気を取り直しても、試験官はめくらだ、文章にコツなんぞあるものか、などと罵りわめきちらし、机の上のものに八つ当たりしてみんな焼き、焼いた灰を踏み砕き、それでも収まらずに濁流に投げ込む。それから髪を振り乱して山へはいり、石の壁に向かい合う。二度と再び「且つ、其れ、以て、おもへらく」などと口にする者あれば、矛とって追っ払ってくれようぞとばかり。だが、そのうちに日が落ちるにつれて、気持ちがだんだん鎮まり、腕がまたむずむずしてきて、ついには卵を壊した鳩そっくりになる。しかたなしに木をくわえて巣を作り、新たに卵を抱くのである。

 こういう体たらくは、当事者は哭きに哭いて身も世もあらばこそであるが、傍観者からみると、これほど滑稽なことはない。