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モナ=リザと最後の晩餐についての考察

はじめに

 このページに書かれていることは、私の単なる試論としての私論にすぎません。
 したがって、学術的な内容ではないことを最初にお断りしておきましょう。
 そんな前置きの次第で、ここに「モナ=リザ」と「最後の晩餐」について、私(黒田康太)が学生時代から考えていたことを恐る恐る書いてみます。


レオナルド=ダ=ヴィンチ

 レオナルド=ダ=ヴィンチ(Leonardo da Vinci 1452-1519)は、イタリアの画家・建築家・彫刻家。さらに、詩人・思想家としても多くの業績がある。生涯独身で、シオン修道院の院長だったという。


モナ=リザは男か?

 モナ=リザの微笑には、不思議な魅力がある。
 しかし、モナ=リザをジョコンダ婦人と考えると、彼女がこの絵のモデルになったときには、まだ30歳前だった。そのことを考えると、私にも何となく想像できることがある。彼女はフレンツェの貴族の3度目の妻で、飽食の日々であったのであろう。左側の目頭にあるしこりは、過食のために血中コレステロールが盛り上がったのではなかろうか。

 つまり、モナ=リザは高脂血症だったのではないか。
 そして、さらに高脂血症だけでなく、糖尿病や高血圧、そしてかなりの肥満も患っていた可能性があると思うのだが、……。
 肥満のほうはダヴィンチのやさしい心遣いで、ふくよかな程度で何とかなったのである。しかし、顔の目頭は鋭い観察力のために、描き残ってしまったのではないか。と、私は推測する。なぜならば、貴族のフランチェスコ=ダ=ジョコンダの依頼で、その婦人を描いたのであるから、極端なデブには描けなかったのであろう。
 ついでながら、フランスではモナ=リザを「ジョコンダ」ということが多い。

 モナ=リザの顔には、眉毛と睫(まつげ)がない。それは、当時の習慣だったのであろうか。
 しかし、私はレオナルド=ダ=ヴィンチの狡猾さを感じるのである。試しに、彼女の顔にひげを付けてみればよい。もっとも、レオナルド=ダ=ヴィンチの天才性を妬んだそんな絵もあることはある。いずれにしても、男性の顔になる。レオナルド=ダ=ヴィンチは、工夫をすることによって彼女を「近くにいて、遠い存在」に仕上げたのかもしれない。

 背景の荒々しい景色は、何を意味するのであろうか。
 向かって右側にある橋は、フランスの田舎にあって、そこをレオナルドは若いころ何回も通ったという。しかし、そこには背後の山はない。したがって、全体の光景は見られないという。つまり、レオナルド=ダ=ヴィンチが考えた景色なのである。
 ルーブルの防弾ガラスに入っているモナ=リザは、あまりにも有名すぎて逆に孤独で無名に等しいのではないか。よく見ると、今までは「やさしい慈愛の眼」と言われていたが、悪く言えば何だか「ずるそうな瞳(ひとみ)」にも見えてくる。

 まったく、想像力を刺激する絵である。
 こちらの気持ちで、彼女が和やかに笑っているようにも見えるし、逆に見物者が冷ややかに見られているようにも感じる。いろいろと考えてみると、もしかしたらモナ=リザはレオナルド=ダ=ヴィンチの心の中にあった人物で、男だったかもしれない。

 ルーブルにいるモナ=リザの他にも、同じ構図のものがフィレンツェにもあるという。
 その絵の「絵の具のひび割れ」状態から、ルーブルのものと同じ時代のものらしい。少なくとも、後の時代のレプリカではない。そして、モナ=リザがもっと若くキャンバス上に描かれている。もしかしたら、それもレオナルド=ダ=ヴィンチが書いたものかもしれない。と、私は思う。


最後の晩餐にいる女性は誰か?

 最後の晩餐にも、いろいろな作品がある。レオナルド=ダ=ヴィンチ以外にも多く見られるが、レオナルド=ダ=ヴィンチのものも幾通りかあるらしい。
 下の絵は、「レオナルド=ダ=ヴィンチ作 最後の晩餐 \20000」と書いてある紙が右下に貼ってある。2007年11月28日(水曜日)に、南大沢のイトーヨーカ堂の中で売っていた。実物であれば、非常に安い。しかし、持ち合わせがなかったので買わなかった。

 

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 この絵のタイプを、私は「Mの絵」と呼んでいる。「M」という文字が、構図化されているからです。
 この絵の原画は、いわゆる「最後の晩餐」である。ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院食堂の壁画として描かれたもの。テンペラで、大きさは420×910cmである。

 この他に、異なる構図がたくさんあります。
 レオナルド=ダ=ヴィンチの作品ではないが、下図はリマのサン・フランシスコ教会にある実物をカメラで撮ったもの(部分)です。

 


 このように「Mの絵」でない作品も、レオナルド=ダ=ヴィンチにあったと思います。

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それは、イエスの両側が開いていなく、一人の女性がイエスにしなだれかかっているのです。つまり、後に「マグダラのマリア」と呼ばれたマリハムが、ダヴィンチの「最後の晩餐」の中にいるのではないかと思われるのです。あくまでも、私だけの想像かもしれないのですが。

 そんなことなどを「私のキリスト教」や「ユダの福音書」などに書き始めました。
 そして、進めるうちに「マリハムが十二使徒の一人でイエスとどんな関係にあったか」などは、さすが鈍感な私にも、ことの重大さがわかって、途中で発表をやめてしまったんです。そんなわけで、メモとして書き始めたものはレポート形式ではなく、安全のために小説のような形にしたのですが、……
 つまり、事実を言うのでも「今年の夏に、大災害がある!」などとは言わないで、小説の中で主人公がそれと同じことを言えば、大きな問題はないのである。
 それでも、おっかないので投げ出してしまった。