文系の雑学・豆知識

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貨幣の歴史

貨幣とは経済学的には、「価値の尺度」「交換の媒介」「価値の保蔵」の機能を持っのですが、金・銀などの金属が交換されたとしても、貝殻や石などの自然貨幣の一つではあっても貨幣ではなく、貨幣(Money)は本位貨幣(本位金貨、本位銀貨)を指す言葉で、国の貨幣制度において、その額面とその素材(金や銀)の実質価格が一致しているものを指し、紙幣などは区別しています。

中世以前

 貝類や石類、穀物等が交換の媒介物(物品貨幣)として用いられていましたが、物々交換が盛んに行われるようになると、物資の交換に伴う不便を取り除くために貨幣が鋳造されたと考えられています。物品貨幣は貝殻や石などの自然貨幣、家畜や穀物などの商品貨幣とに分類されています。

 現存する最古の鋳造貨幣(最初の硬貨)は紀元前7世紀にリディア王国で鋳造されたと思われます。これをエレクトロン貨(金と銀の合金)といわれとぃます。時代が下ると、青銅や鉄、銅、あるいは金・銀などの金属が貨幣として使われるようになります。

 古代エジプトでは鋳造貨幣は対外交易の際の決済通貨として用いられる程度でありましたが、ローマ帝国の時代になり、給与として銀貨を兵士に支給したことから銀貨が一般に広く使用されるようになりました。更に、高額決済用の金貨や日常の小額決済用に銅貨も使用されるようになります。

 大航海時代になると金銀が商品として取引されるようになると、盗難や磨耗の危険から金銀を守るのために、貴金属細工商の金庫に預け、代わりに証書を受け取り、証書はいつでも金銀に交換可能なため、紙切れでありながら価値を持っことから、この証書が現代の紙幣の始まりです。

 貴金属細工商の金庫から金銀が頻繁に引き出されなくなったため、貴金属細工商が証書を金銀の裏付けの無いまま発行(融資)するようになりました。これが、現代の中央銀行になります。

近代以降(本位貨幣制)

国の貨幣制度において、貨幣の額面とその素材(金や銀)の実質価格が一致している場合で、金本位制・銀本位制・金銀複本位制などがあります。

 金貨・銀貨両方を本位貨幣としてその鋳造と輸出入の自由を保持し、なおかつ固定化した金銀比価を保持する通貨制度を金銀複本位制といいます。ただ、金と銀の交換比率は国の制度では固定(法定比価)されているのが一般的で、生産価格及び市場価格を無視することとなり、市場価格が高い方の貨幣が退蔵される可能性があります。

 中世ヨーロッパでは、自国で安定した金貨もしくは銀貨の供給が不可能であったため、金銀複本位制を採用せざるを得なかったのですが、市場価格との不一致は改鋳(成分の変更)を行って解消しなければなりませんでした。

 しかし、十九世紀になると銀産出高の増加などにより銀の市場価格が急落して、相対的に金貨が高くなり、金貨を退蔵した方が有利になったことから、なし崩し的に事実上の銀本位制となってしまいました。

 ヨーロッパでのが「金:銀=1:15」であった時に、英国の植民地であるインドでは「金:銀=1:10」と銀がヨーロッパに比べ5割も高く、インドで銀貨10枚を金貨1枚に交換し、その金貨をヨーロッパで銀貨15枚に交換でき、銀貨5枚も儲けを受け取ることが出来るので、交通・通信・情報網が発達していない時代には、このような取引が出来たので、英国には金の流入が続いたにです。

 同じ頃、日本は幕府の金銀交換比率(法定比価)が「金銀=1:5」で、国際的な交換比率と比べて3倍の差あった為に、1ドル銀貨と1分銀3枚が交換され、小判が1分銀4枚と交換されて海外に大量に流出する安政のゴールドラッシュが発生し、幕府は金の流出を止める為に小判を改鋳(含有量減)して、金の流出を止めましたが、貨幣価値の減少は物価の上昇となって下級武士の生活を困窮させて、攘夷運動が盛り上がる結果になり、明治維新の一因になったといわれています。

 英国は産業革命によって貿易が盛んになり海外からの金が流入(膨大な貿易黒字)し、中南米でポトシ銀山などの大銀山が次ぎ次に発見され、それに伴って銀の価格は下がり続けたことから、英国は1816年に金銀の法定比価を撤廃し、金だけを「金1オンス=3ポンド17シリング10.5ペンス」とする金本位制に移行し、他のヨーロッパ諸国も金本位制に移行することになりましたが、第一次世界大戦により各国政府とも金本位制を中断し、管理通貨制度に移行する。

 第二次世界大戦後、米ドルによる金為替本位制を中心としたIMF体制(ブレトン・ウッズ体制)が創設され、それは各国の通貨は米ドルとの固定為替相場制を取ることで、通貨を間接的に金と交換(兌換)することができる金本位制が維持されていました。しかし、1971年8月15日(ニクソン・ショック)以降は金と米ドルの兌換が停止され、各国の通貨も1973年までに変動為替相場制に移行したため、金本位制は完全に終りました。