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贈従五位黒澤李恭(黒澤止幾子)女史贈位三十年記念碑(碑文)

贈從五位黑澤李恭女史贈位三十年記念碑

貴族院議員從三位勳三等公爵德川圀順篆額

女史姓ハ黑澤名ハ止幾李恭ト號ス舊水戸藩領錫高野邑ノ人父ハ將吉世世修驗ヲ業トシ傍ラ私塾ヲ營ム女史年十九鴨志田氏ニ嫁シ夫歿スルヤ生家ニ歸リ終身寡居私塾ヲ繼キ敎育ニ任ス適々嘉永安政ノ國難ニ際シ幕政其機宜ヲ失ヒテ宸襟ヲ惱マシ加之藩主源烈公亦冤罪ニ陷ル是ニ於テ女史慨然京都ニ登リ長歌一篇ヲ闕下ニ獻シテ誠衷ヲ述ヘ大ニ爲ス有ラントス忽チ幕吏ニ捕ラル吉田松陰藤森弘菴等ト共ニ獄ニ繋カレ中追放ノ刑ニ處セラル後免サレテ家ニ歸リ依然敎育ニ從フ明治五年始テ小學敎師ニ任セラレ八年明治維新ノ功ニ因リ終身禄ノ賞典ヲ受ク廿三年五月八日歿ス壽八十五四十年特旨ヲ以テ從五位ヲ贈ラル聖恩枯骨ニ及フ爾來三十年茲ニ有志相謀リテ碑ヲ建テ聖恩ヲ記念シ併セテ女史ノ忠烈ヲ不朽ニ傳フ
貴族院議員從四位勳二等室田義文撰
陸軍大佐從五位勳四等功三級坂本左狂書
昭和十一年十月

 

補足 

 

(注)1.上記の記念碑は、茨城県東茨城郡城里町錫高野(すずこうや)(旧・桂村錫高野)の、黒澤止幾子の生家の屋敷内に建っています。碑の本文は、小林信厚著『黒澤登幾子伝』(昭和40年4月1日初版発行・昭和59年12月1日改訂版発行、発行者・小林信厚)に掲載されている本文によりました。

2.黒澤止幾子(くろさわ・ときこ)は、わが国初の女性教師といわれる人です。
文化3年(1806)12月21日、常陸国茨城郡高野村の宝寿院で、修験者黒澤光仲
の長女として生まれました。名は、止幾子のほか、止幾、登幾子など。家は、私塾
(寺子屋)を営んでいました。2歳のとき、父母が離婚、止幾子は祖父や養父から漢
学や国学を学んで成長しました。19歳で結婚、2女をもうけましたが、26歳の時に夫
と死別、子を連れて実家に戻り、母に子を預けて、櫛やかんざしなどの行商をしなが
ら貧しい家計を支えました。行商は地元だけでなく、大洗から、群馬の草津など、広
く関東一円に及び、20年もの長きにわたって続けられました。余暇には俳諧・狂歌・
和歌などを学びました。嘉永4年(1851)には、群馬草津の宿・菊屋に滞在し、宿の
主人に請われて家庭教師として読み書きを教えました。翌嘉永5年には、隣村塩子
において、土地の有志に請われて2年半にわたって子弟の教育に当たりました。安
政元年(1854)8月、郷里に帰り、養父のあとを継いで私塾の師匠としてその経営に当
たりました。安政の大獄の際には、藩主水戸斉昭の無実を訴えんと、安政6年(1858)
2月22日、単身京都へ旅立ちました。「献上の長歌」を公卿・前大納言総長卿を通じて
朝廷に届けようとしましたが、総長卿が謹慎中であったため、その紹介で座田右兵衛
大尉(座田維貞・漢学者)に託しました。その後、京都を逃れ大阪に移りましたが、水
戸藩の密使の疑いで捕らえられ、江戸に移送され、吉田松陰が収監されていた江戸
伝馬町の獄舎に収監されました。安政6年10月27日、松陰が処刑された当日、中追
放(ちゅうついほう)(江戸十里四方・山城国・常陸国への出入り禁止)の処罰を受け、釈放されました。年末、密かに自宅に戻り、老母に仕え、子弟の教育に当たりました。明治5年(1872)5月、錫高野小学校が開設されると、自宅を教場にあて、女性として初めて、教師として任用されました。明治7年(1874)5月、校舎が新築され他に移転したのを機に教師を辞し、専ら私塾の経営に当たりました。明治8年(1875)2月3日、特旨を以て終身禄(現米10石)を下賜されました。明治23年(1890)5月8日、85歳(満83歳)の波瀾に富んだ生涯を閉じました。没後17年経って、明治40年(1907)11月、従五位を贈られました。(以上の記述は、小林信厚著『黒澤登幾子伝』、パンフレット「日本初の女性教師幕末の女傑黒澤止幾子」、茨城新聞社発行『茨城県大百科事典』によりました。)

3.黒澤止幾子の伝記として、小林信厚著『黒澤登幾子伝』(昭和40年4月1日初版
発行・昭和59年12月1日改訂版発行、発行者・小林信厚)があります。

4.『桂史紀要第18号』(平成6年3月・桂史談会発行)に黒澤止幾「上京日記」、
『桂史紀要第22号』(平成10年3月・同)に黒澤止幾子「東海道五十三次の歌」が
掲載されている由です。他に、『茨城女子教育百年の歩み』(樫村勝著、(有)川田プリント、昭和51年7月1日発行)、『いばらき女性のあゆみ』(茨城県、平成7年3月31日発行)などにも触れてあります。

5.黒澤止幾子「献上の長歌」(乍恐奉献天子長歌)は、資料193にあります。

6.『国立国会図書館デジタルコレクション』の中に『古今名誉実録第九巻』があり、
その中に「黒澤登幾子(烈女艱苦の実録)」が出ています。『古今名誉実録』は春陽堂の発行で、月刊、第九巻は明治27年1月26日の発行です。
『国立国会図書館デジタルコレクション』→「黒澤登幾子」と入力して検索
→「1.古今名誉実録第1-4,6,7,9,10巻、春陽堂、明26-27」をクリック
→[第7冊]第九巻の「目次をみる」をクリック
→「黒澤登幾子(烈女艱苦の実録)」をクリック

7.『常陽藝文』の№106(平成4年3月号、常陽藝文センター発行)に、「勤皇の女傑・日本初の女性教師黒澤止幾子と桂村錫高野」が掲載されています。

8.『茨城史林』第25号(筑波書林、平成13年6月3日発行)に、安蔵良子氏の「黒沢止幾子の生涯と思想」という論文が掲載されています。「おわりに」によれば、これは氏の筑波大学大学院修士論文をもとに執筆されたものの由です。

9.『黒澤止幾(とき)日本初の女性教師』というサイトがあって、大変参考になります。ここで、黒澤止幾の肖像写真や生家の写真、詳しい経歴、止幾の和歌と俳句、黒澤止幾年譜、黒澤清一氏が描いた京都へ旅立つ止幾の肖像画、江戸の獄中で書いた漢詩や御構場所申渡書・終身禄御墨付・従五位贈位記伝達書、止幾の墓などの写真を見ることができます。