文系の雑学・豆知識

歴史、美術、文学、言葉、文化についての雑学・うんちく・豆知識・トリビアを集めたサイトです

歴史

大分県指定遺跡「臼杵城」を紹介

大友宗麟が臼杵湾に突出た丹生島に築いた平山城 古橋口(大手門側)から見た臼杵城跡(うすきじょうあと) 左より時鐘櫓跡石垣、大門櫓(中央・復元櫓)、畳櫓(右端・現存櫓) 臼杵城の歴史 臼杵城が中世城郭として利用され始めた年代は明瞭ではありません…

最後の日本式近世城郭「松前城」を紹介

■北海道唯一の藩である松前藩松前氏の居城。松前は、日本最北の城下町であり、また北海道唯一の城下町。 ■アイヌ民族との幾多の抗争のすえ統一国家の一員として誕生した松前藩は、独自の歴史を繰り広げてきた。 ■米のとれない「無高の藩」ながら漁業権益で繁…

一城別郭の城「高天神城」を紹介

▲標高132mの鶴翁山(かくおうざん)の地形を巧みに生かした戦国時代の山城・高天神(たかてんじん)城跡を望む 高天神城の歴史 高天神城は室町時代、駿河の今川氏が遠江侵攻の拠点として築いたとされ、戦国時代には駿河・遠江をめぐる武田氏、徳川氏の激…

錦帯橋と岩国城を紹介

■岩国城(山口県岩国市)は、山麓の「御土居(おどい)」と称される居館部分に加え、背後の山頂には詰の城が設けられ、3層4階・物見付の天守が建てられた。 ■錦川を天然の堀とし、岩国市街を見渡す横山(標高216m)にある山城。別名「横山城」 復興天…

浮城として名高い備後国「三原城」を紹介

三原城の歴史 小早川隆景像 ■三原城は、瀬戸内海の水軍を掌握していた小早川隆景が、永禄10年(1567)沼田川河口の三原湾に浮かぶ大島、小島をつないで築いた城で、天正10年(1582)前後と、慶長元年(1596)のころ偉容を整えたといわれる。…

伏見桃山城と桃山御陵の見どころを紹介

伏見城は、天正20年(1592)豊臣秀吉が隠居所として築城し、徳川家康が再興した城。しかし、二条城の修築によって存在意義が薄れたこともあり、元和9年(1623)廃城となり、天守や櫓などは全国の城へ分与された。 伏見城の基本情報 別 名 指月(…

浅井氏三代の居城「小谷城」を紹介

小谷城の歴史 小谷城本丸に残る石垣 戦国時代、「近江を制するものは天下を制す」といわれたほど、近江は天下を左右する重要な位置にあり、数多くの戦乱の場となりました。このため多くの城郭が築城され「近江の城郭を語らずして中世は語れず」と言われるほ…

跳ね出し石垣と地下室遺構が有名な「人吉城跡」を紹介

史跡 人吉城跡の基本情報 【別 名】 三日月城、繊月城(せんげつじょう)【所在地】 熊本県人吉市麓町【地形種類】 平山城【築城年・築城者】 建久10年(1199)、相良長頼(さがら ながより)。文明2年(1470)頃、相良為続(ためつぐ)。天正1…

上総の久留里城を紹介

久留里城の歴史 久留里城は「城成就して、三日に一度づつ雨降ること二十一度なりしかば」(『久留里記』)と言う説から、別名を「雨城(うじょう)」と言います。戦国期の十六世紀中頃、西上総地方は真里谷(まりやつ)武田氏の勢力下にあり、久留里城もその…

明智光秀が築城した福知山城

明智光秀 ■福知山城は、京都府福知山市の横山丘陵先端の地形を利用して築かれた平山城。龍ヶ城と呼ばれ、東北に長くのびた丘陵の上に、本丸、二の丸、伯耆丸、内記丸が築かれ、東に由良川、土師(はぜ)川、法(ほう)川と自然の濠にかこまれ、西と南北に武…

秀吉が初めて築いた城「長浜城」

市指定史跡 秀吉出世城 長浜城跡 所在地 ■滋賀県長浜市公園町 ●琵琶湖のほとりに位置する平城一帯は豊(ほう)公園として整備。長浜は、羽柴(豊臣)秀吉が江北12万石の領主として、天正2年(1574)から翌年にかけて、はじめて自らの城を築き城下町を…

徳川御三家の居城 水戸城

水戸城の歴史 水戸城は、那珂川と千波湖にはさまれた台地(現JR常磐線水戸駅周辺)の先端に築かれた平山城。鎌倉時代初期、この台地上に最初に城砦を築いたのは常陸大橡(地方国衙の行政官)の馬場資幹[ばばすけもと]であった。このため、水戸城ははじめ馬…

石田三成の「過ぎたる」城<佐和山城>

佐和山城 【所在地】 滋賀県彦根市 ■鎌倉時代、近江守護となった佐々木定綱の六男、佐保時綱が築く■標高232mの佐和山一帯に築かれた山城 佐和山城の歴史 歴史概要 佐和山のある湖東地方は、東山道・北国街道そして琵琶湖をひかえた交通の要衝であり、戦…

中世と近世の城郭が混在する「鳥取城」

国指定史跡 史跡鳥取城跡附太閤ヶ平 鳥取城跡【所在地】鳥取市東町 【訪城日】2018年12月(再訪門) 久松山きゅうしょうざんの山麓(山下ノ丸)と山頂(山上ノ丸・標高263m)に城跡がある。(鳥取県庁から望む) ◆城の歴史◆ 戦国時代の鳥取城 城は…

巨大な空堀と土塁の<鉢形城>

◆鉢形城遠景 <手前の川は荒川> ■所在地埼玉県大里郡寄居町■地形種類平山城■築城年文明8年(1476)■築城者長尾景春(ながおかげはる)■文化財指定区分国指定史跡■遺構各曲輪跡・土塁・空堀・石垣■現況近年の発掘により、曲輪・土塁・馬出・空堀・庭園…

大久保長安のプロフィール・略歴

天文14年(1545)~慶長18年(1613) 十兵衛と称し、のちに石見守を称した。能役者の金春(こんぱる)七郎喜然の子で、はじめ父と同様に猿楽衆として、甲斐の武田信玄に仕えたが、土屋直村より姓を授かり、兄・新之丞とともに士分に取り立てられたという。の…

貨幣の歴史

貨幣とは経済学的には、「価値の尺度」「交換の媒介」「価値の保蔵」の機能を持っのですが、金・銀などの金属が交換されたとしても、貝殻や石などの自然貨幣の一つではあっても貨幣ではなく、貨幣(Money)は本位貨幣(本位金貨、本位銀貨)を指す言葉で、国の…

第一次・第二次産業革命とその社会への影響について解説

ヨーロッパの大陸諸国では農業生産が拡大(3圃農法)していましたが、英国では遅れていて、修道院が大規模な開墾によって羊毛の生産を開始し、良質な羊毛が大量に生産され、それをドーバー海峡を鋏んだフランドルフ地方に売却され、そこで毛織物に加工され…

パイパー戦闘団編成とは

ドイツ軍において。独力で作戦を完結できる部隊の最小単位である「師団」を、任務・目的に合わせて隷下の部隊を再編成しなおして一時的に編成される部隊が「戦闘団」である。 通常、大隊規模以上のものを「戦闘団」、それ以下のものを「戦隊」と呼んでいた。…

ブレスト要塞攻防戦の経過について解説

1941年6月22日、ドイツ軍は対ソ攻勢「バルバロッサ作戦」を発動し、150個師団の大軍がソ連領内へと押し寄せ独ソ戦が勃発した。 それまでドイツによる攻撃開始の兆候がありながら、戦争を恐れたスターリンの命により見逃し続けていたソ連側は奇襲を受けた形と…

スターリングラード攻防戦について解説

スターリングラードの戦いでのドイツ第6軍の壊滅はヒトラーとドイツ軍に大きな衝撃を与えた。 今回は第二世界大戦の分水嶺といわれるスターリングラード攻防戦を概観してみたい。 1.始まり ・計画 1941年6月22日、ドイツ軍は150個師団、総勢300万人の兵力を…

レイテ沖海戦の経過について解説:栗田艦隊の機動に注目

レイテ沖海戦は日米あわせて280隻もの艦艇が投入され、戦域や規模のうえで世界戦史上でも類を見ない大海戦となった。 そのため戦術的経過は大変わかりにくいものとなっており、海戦図も複雑なことこの上ないものとなっている。 従って本稿でもその艦隊機動を…

旅順攻囲戦の経過について解説

旅順を巡る戦いは日露戦争で行われた陸戦のなかで最もよく知られている。 その知名度は、満州軍司令部が決戦と位置付けた奉天会戦を上回るほどで、 映画『二百三高地』など、創作物の世界でもさまざまに取り上げられてきた。 今回はそんな旅順要塞の激闘を概…

ナポレオン戦争(1813~1815)の経緯について解説

フランス皇帝ナポレオンの名を知らない人はまずいないだろう。そして彼が稀代の戦争指導者であったことも周知の通り。しかしながら彼の戦いで知られているのはイタリア遠征での連勝や、アウステルリッツ会戦の輝かしい大勝など勝ち戦ばかりなのだ。 そこで本…

ドイツ海軍の発展:カイザーからヒトラーへ

本記事はカイザー(皇帝)、ヴァイマル国、そして総統ヒトラーと変わりゆく所有者と海軍との関係を軸に、 ドイツ海軍の歴史をつづってみるつもりである。 それでは、頭上にイギリス駆逐艦が回遊しているときのUボート乗組員のような気持ちになって肩の力を抜…

イギリス空母の発達を解説:黎明期からWW2まで

世界で最初に航空隊を創設した海軍は、イギリス海軍である。また、軍用機開発で常に先進国だった英国は、空母開発の分野でも先駆的役割を担った。 というわけで、世界最初の空母アーガスからWW2終結に至るまで、イギリス空母がどのように発達していったのか…

バルジの戦いの経過を解説

「バルジ大作戦」で有名なバルジの戦い概説。 アルデンヌ攻勢(連合軍側呼称で「バルジの戦い」、ドイツ側呼称で「ラインの守り作戦」)は、ヒトラーが西部戦線における戦局を一挙に挽回すべく1944年12月に発動された大作戦である。では、どのような作戦であ…

劉禅は本当に暗愚だったのか

蜀漢帝国の二世皇帝であり昭烈帝・劉備の皇太子である劉禅は、 三国志演義における評価をはじめとして後世では中国史上でも有数のバカ君主として人々に記憶されている。 しかし言われるほど暗愚な君主だったのだろうか?というようなことを考えてみようとい…

心身相関について分かりやすく解説

1)身体機械論の行き詰まり 心身医学は、フロイトFreud(1856-1939)のヒステリーや神経症研究による心身相関を理論的背景として、1930年代にアメリカで体系化されました。近代(西洋)医学は、「病める人(patient with illness)」から「疾患(disease)」…

心身二元論について分かりやすく解説

1) 古代ギリシャの哲学的霊魂観 心身二元論は,プラトンPlaton(古代ギリシャ,BC428 or 427-BC348 or 347)の対話編にみられる理性的霊魂の不滅や、その弟子アリストテレス Aristoteles(古代ギリシャ,BC384-BC322)の霊魂論(山本,1968)など、古代ギリ…