文系の雑学・豆知識

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文学

森林太郎(鴎外)原作『舞姫』を現代語訳してみた

※この現代語訳は、出来うる限り原作の言葉・語順・文法を忠実に現代語に置き換えることを目途とし、原作にない一切の虚飾を排するよう心がけたものである。文学的現代語訳を目指したものではなく、あらすじも追いやすいはずだ。 学習の手助けとなれば幸甚で…

原文『徒然草』全文

つれづれ草 上 ・ 序 段 つれづれなるまゝに、日暮らし、硯(すずり)に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂(ものぐる)ほしけれ。 ・ 第一段 いでや、この世に生れては、願はしかるべきことこそ多かめれ。 帝…

原文『枕草子』全文

(一段) 春は曙(あけぼの)。やうやう白くなりゆく山際(やまぎわ)、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。 夏は夜。月の頃はさらなり、闇もなほ、螢(ほたる)飛びちがひたる。雨など降るも、をかし。 秋は夕暮(ゆうぐれ)。夕日のさして山…

『舞姫』の登場人物一覧

太田豊太郎 幼いころから厳しい家のしつけを受け、父を早く亡くすが学問に優れる。十九歳で帝大を卒業し、学士の称号を受けたとき、大学創立以来いまだかつてない名誉であると言われた。ある官庁に奉職して三年ばかりを過ごした後、ベルリン留学の命を受ける…

小倉百人一首を番号順に並べた

番号 歌 詠者 出典 1 秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ 天智天皇 後撰・秋中・302 2 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇 新古今・夏・175 3 あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む 柿本人…

小倉百人一首を50音順(あいうえお順)に並べた

番号 歌 詠者 出典 79 秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ 左京大夫顕輔 新古今・秋上・413 1 秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ 天智天皇 後撰・秋中・302 52 明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝…

『竹田の子守唄』の歌詞と裏話

『竹田の子守唄』原曲 歌詞 守もいやがる盆から先にゃ 雪もちらつくし 子も泣くし この子よう泣く 守をばいじる 守も一日 痩せるやら 来いよ来いよと 小間物売りに 来たら見もするし 買いもする 久世の大根飯 吉祥の菜飯 またも竹田の もんば飯 早よも行きた…

高村光太郎「芋銭先生景慕の詩」 

芋錢先生景慕の詩 高村光太郎 惱まざるものあらんや。窮迫せざるものあらんや。若くして一つの道に憑かれた魂の正しきに順ふもの、みな殆ど餓ゑんとす。文明開化の都會にもまれて瘦せて弱く、土なつかしい芋をわづかに喰らつて一枚十錢の小間繪をかいた。そ…

随筆『アウチスムス』斎藤茂吉 全文

自分には生来はにかむ性質があつて、児童の頃から親戚などに行つて、我儘な振舞をしたりすることは到底出来なかつた。この性質はあとを引いて、学生時代に友人の訪問する内村鑑三先生とか夏目漱石先生とかへは一度も訪問せずにしまつた。心中ひどく憧憬して…

斎藤茂吉「鴎外の歴史小説」 全文

鷗外の歴史小説 齋藤茂吉 一 大正元年九月十三日明治天皇大葬の日に當つて、乃木大將夫妻は午後八時靈轜出門の號砲を聞くとともに殉死した。そして夫妻の葬儀は九月十八日であつたが、その間、乃木大將夫妻の自刃について哲學者・倫理學者・敎育學者等の批判…

「アリストファネスの演説」 (プラトン『饗宴』より)

「勿論僕は」とアリストファネスは言つた、「エリュキシマホス、君やパウサニアスとは全く違つた意味の演説をするつもりだ。人間が愛の神をないがしろにしてゐるところを見ると愛の力を一向に理解してゐるとは思はれない。若しさうでなければ、人間は愛の為…

荀子の「性悪説」 全文と解説

荀子の性惡説『荀子』より 人之性惡其善者僞也 人之性惡其善者僞也今人之性生而有好利焉順是故爭奪生而辭讓亡焉生而有疾惡焉順是故殘賊生而忠信亡焉生而有耳目之欲有好聲色焉順是故淫亂生而禮義文理亡焉然則從人之性順人之情必出於爭奪合於犯分亂理而歸於暴…

「青取之於藍而青於藍」(『荀子』より) 冒頭と書き下し文

「出藍」「出藍の誉れ」という言葉がありますが、これは『荀子』の冒頭に出ている文から出た言葉だとされています。しかし、通常見かける『荀子』の冒頭には「青取之於藍而青於藍」とあって、「出」という文字は出ていません。この「出藍」「出藍の誉れ」と…

刺客列伝第二十六(『史記』巻八十六)

刺客列傳第二十六史記巻八十六司馬遷 曹者魯人也以勇力事魯莊公莊公好力曹爲魯將與齊戰三敗北魯莊公懼乃獻遂邑之地以和猶復以爲將齊桓公許與魯會于柯而盟桓公與莊公既盟於壇上曹執匕首劫齊桓公桓公左右莫敢動而問曰子將何欲曹曰齊強魯弱而大國侵魯亦以甚矣今…

廉頗藺相如列伝第二十一(『史記』巻八十一)

廉頗藺相如列傳第二十一史記巻八十一司馬遷 廉頗者趙之良將也趙惠文王十六年廉頗爲趙將伐齊大破之取陽晉拜爲上卿以勇氣聞於諸侯藺相如者趙人也爲趙宦者令繆賢舍人趙惠文王時得楚和氏璧秦昭王聞之使人遺趙王書願以十五城請易璧趙王與大將軍廉頗諸大臣謀欲予秦…

伯夷列伝第一(『史記』巻六十一)

本文 夫學者載籍極博猶考信於六藝詩書雖缺然虞夏之文可知也堯將遜位讓於虞舜舜禹之閒嶽牧咸薦乃試之於位典職數十年功用既興然後授政示天下重器王者大統傳天下若斯之難也而説者曰堯讓天下於許由許由不受恥之逃隱及夏之時有卞隨務光者此何以稱焉太史公曰余登箕…

『墨子』巻之四・兼愛

兼愛 墨子 兼愛上第十四 聖人以治天下爲事者也必知亂之所自起焉能治之不知亂之所自起則不能治譬之如醫之攻人之疾者然必知疾之所自起焉能攻之不知疾之所自起則弗能攻治亂者何獨不然必知亂之所自起焉能治之不知亂之所自起則弗能治聖人以治天下爲事者也不可不察…

「吾党有直躬者」(『論語』子路第十三より)

吾黨有直躬者『論語』子路第十三より 葉公語孔子曰、吾黨有直躬者。其父攘羊、而子證之。孔子曰、吾黨之直者、異於是。父爲子隱、子爲父隱。直在其中矣。 書き下し文 葉公(せうこう)孔子に語(つ)げて曰(いは)く、「吾が党に直躬(ちよくきゆう)といふ…

「民無信不立」(『論語』顔淵第十二より)

民無信不立『論語』顔淵第十二より 子貢問政。子曰、足食、足兵、民信之矣。子貢曰、必不得已而去、於斯三者何先。曰、去兵。子貢曰、必不得已而去、於斯二者何先。曰、去食。自古皆有死。民無信不立。 子貢政(まつりごと)を問ふ。子曰(いは)く、食を足…

管晏列伝第二(『史記』巻六十二)

管晏列傳第二史記巻六十二司馬遷 管仲夷吾者潁上人也少時常與鮑叔牙游鮑叔知其賢管仲貧困常欺鮑叔鮑叔終善遇之不以爲言已而鮑叔事齊公子小白管仲事公子糾及小白立爲桓公公子糾死管仲囚焉鮑叔遂進管仲管仲既用任政於齊齊桓公以覇九合諸侯一匡天下管仲之謀也管…

兎の話(林光雅訳『ジャータカ物語』より)

兎の話 林光雅訳『ジャータカ物語』より 菩薩は曾て兎となつてこの世の中に生れてきたと云ふことであるが、これに就いて次ぎの如き面白い話がある。印度の國に於けるある森の中に頗る怜悧な兎が住んでゐた。この森は屢々苦行者や賢人が訪ねてくる宏大なる美…

蘇東坡「前赤壁賦」「後赤壁賦」全文・書き下し文・補足

前赤壁賦 蘇東坡(蘇子瞻) 壬戌之秋七月既望蘇子與客泛舟遊於赤壁之下淸風徐來水波不興擧酒屬客誦明月之詩歌窈窕之章少焉月出於東山之上徘徊於斗牛之閒白露横江水光接天縱一葦之所如凌萬頃之茫然浩浩乎如馮虚御風而不知其所止飄飄乎如遺世獨立羽化而登仙於…

夏目漱石 『吾輩は猫である』 冒頭

吾輩は猫である(冒頭)夏目漱石 吾輩は猫である。名前はまだ無い。 どこで生れたか頓(とん)と見當がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニヤーニヤー泣いて居た事丈は記憶して居る。吾輩はこゝで始めて人間といふものを見た。然(しか)もあとで聞くと…

夏目漱石『坊つちやん』(坊っちゃん)(冒頭)

『坊つちやん』(冒頭) 親讓りの無鐵砲で小供の時から損ばかりして居る。小學校に居る時分學校の二階から飛び降りて一週間程腰を拔かした事がある。なぜそんな無闇(むやみ)をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出し…

祇園精舎(『平家物語』冒頭)

祇園精舎『平家物語』巻第一より 祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。娑羅(しやら)雙樹の花の色、盛者(じやうしや)必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、只春の夜(よ)の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。…

忠度の都落(『平家物語』巻第七より)

忠度の都落『平家物語』巻第七より 薩摩守忠度は、何(いづ)くよりか歸られたりけん、侍(さぶらひ)五騎童(わらは)一人、我が身共に混甲(ひたかぶと)七騎、取つて返し、五條三位俊成卿の許(もと)におはして見給へば、門戸(もんこ)を閉ぢて開かず。…

木曾の最期(『平家物語』巻第九より)

木曾の最期『平家物語』巻第九より 木曾は信濃を出でしより、巴(ともゑ)・款冬(やまぶき)とて、二人の美女を具せられたり。款冬は勞(いたはり)あつて都に留りぬ。中にも、巴は色白う髮長く、容顔まことに美麗なり。究竟(くつきやう)の荒馬乘(あらむ…

忠度の最期(『平家物語』巻第九より)

忠度の最期『平家物語』巻第九より 薩摩の守忠度は、西の手の大將軍にておはしけるが其の日の装束には、紺地の錦の、直垂に、黑絲縅の鎧著て、黑き馬の太う逞しきに、沃懸地(いつかけぢ)の鞍置いて乘り給ひたりけるが、其の勢百騎ばかりが中に打圍まれて、…

敦盛の最期(『平家物語』巻第九より)

敦盛の最期『平家物語』巻第九より いくさやぶれにければ、熊谷次郎直實(くまがへのじらうなをざね)、「平家の君達(きんだち)たすけ船にのらんと、汀(みぎは)の方(かた)へぞおち給(たまふ)らん。あはれ、よからう大將軍(たいしやうぐん)にくまば…

源義経「腰越状」(『平家物語』巻十一による)

腰 越 狀 源義 經 源義經恐(おそれ)ながら申上候意趣者(は)、御代官(おんだいくわん)の其一(そのひとつ)に撰ばれ、勅宣の御使として、朝敵をかたむけ、會稽の恥辱をすゝぐ。勳賞おこなはるべき處に、虎口の讒言によ(ツ)てむなしく紅涙にしづむ。讒…